なぜ子供達に碁を教えるのか(1) 株式会社アイ・システム 代表取締役 蒲原久博

 最近の日本のサッカーの技量は大きく向上し、ワールドカップなどでの活躍も目を見張るものがありますが、まだ世界のトップには一歩及びません。マスコミ等では、日本チームは闘争心が足りない等と言っていましたが、二、三十年前は根性ばかりが、強調されていました。その頃は、マスコミは根性だけでは世界には通用しない、基本的な技術が足りないとか言っていました。外国チームの反則に対しては、反則は良くないがその闘争心は見習わなくてはいけないという、心情的には肯定しているような言い方が多かった様です。入場の時に選手たちは子供達と手をつないで入場していました。あこがれのチームや選手達と一緒に手をつないで入場できる子供達はとても感激したと思います。その子供達の目前でプロレスまがいのタックルをしたり、又反則をされた方は実際のダメージ以上に苦しいそぶりをして相手の反則を強調している場面も見られました。勝つ為にはルールを破っても良いと教えているつもりでしょうか。子供達はフェアプレイしても負ければ、何の価値もない。ルールを破っても勝つ事が一番大事だという事を学んだかも知れませんね。スポーツの世界はルール違反はすぐにハッキリと分かります。実生活のルール違反や実業の世界のルール違反はなかなか分かりにくいですね。その様なことが最近多すぎると思いませんか。真面目にルール通りにやる事が、なんだかばかばかしくて、損ばかりしている様な気がします。しかし子供達には何が正しくて何がいけないのか、スポーツのルールでも社会のルールでも、守ることが大事であり、勝つ事よりも精神の気高さが大事であると教える必要があると思います。
 碁には手段と言う言葉があります。会話という事ですね。勝ちか負けで決着がつくところは戦いとも言えます。又棋道という言葉がある様に道とも言えます。柔道、剣道と同じように武道に通じるとも言えます。武道はスポーツとは少し違います。スポーツは肉体の鍛錬と技術の修得に重きを置いているようですが、武道はそういうこと以上に精神のありように最も重きを置いている様です。武道は礼に始まり礼に終ります。礼とは相手に敬意を表する事です。自分の相手をしてくれる相手に、未熟な自分に教えてくれる相手に敬意を表すことが礼です。相手に敬意があれば、反則などできるはずはないのです。
 日本人は普通応援する時は、「負けるな」と言いますね、「勝て」という言い方は余りしません。それは、全力を尽くせ、全力を尽くせば、勝敗にはこだわらないと言うことであり、「自分に負けるな」に通じます。日本人にはこの様な戦いが似合っています。そして今こそルールを守ることの大切さ、勝利以上に大切なものがあるという事を、日本から世界に発信する必要があると思います。
 サッカーの世界大会でトップになれなかったといって闘争心が足りない等と自虐的に恥じ入る必要は無いと思います。日本人は堂々と戦った事を主張して、試合ではもっとルールを守るべきであると主張して、反則には更にペナルティを重くするべきであると主張すればいいと思います。
 大人の一挙手一投足を子供達は見ています。勝利至上主義、利益至上主義を子供の頃から見せつけられた子供達はいったいどんな大人になるのでしょか。子供の頃は約束は守る、ルールは守る、相手には礼儀を正しくする、嘘はつかないという様な、昔から普通に教えられてきた道徳心を植えつけれてこそ、大人になってからでも守れるものです。今の大人達は皆そう思っているでしょうが、子供達に教える事をためらっているような気がします。自由である事がすべてに勝って最高の価値であり、子供達の心を拘束するようなことは少しでもやってはならないことの様に思いすぎて、大人達が自ら手足を縛りすぎているような気がします。今こそ私達大人は、子供達に対して堂々と教える時ではないですか、ルールを守れ、嘘はつくな、礼儀を正しくしろと。