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  未来少年ムサシ@  ムサシが来た


 いつもの様に町に夜明けが来ようとしている。
 薄いピンクと白のツートンカラーのしゃれた小学校の校舎の裏には、運動場の広さほどもある公園があり、そこには多くの樹木が生い茂っていた。
 その中にひときわ大きく、大人5人がかりもあろうかと思われる桜の木があった。
 町の人たちは千年桜と呼んで畏敬の念で大事に守り続けて来た。
 沢山の子供達の成長をこの千年桜は数百年に渡って見守り続けて来たのだった。

 東の空が白くなったかと思うと小鳥達が一斉に鳴き出した。
 その声をあたかも合図として待っていたかのごとく、一筋の光が千年桜に当った。一瞬その光は爆発したかのように、千年桜を照らし、その影がピンク色した校舎に映った。
 そしてその光は辺り一面に充満し、いつもの様に初秋の夜明けが来た。

 「とうちゃんー助けてくれー、落ちるー」
 「とうちゃんーどこー」
 甲高い少年の声が公園の静寂を破った。
 千年桜の根元に男が倒れている。
 男は少年の声で気がついたのか「うーっ」と唸るような声を出した。
 「どこだー、ムサシどこだー」
 そう叫びながら尻を持ち上げるようにしながら立ち上がった。

 30半ばのがっちりとした体格の男が千年桜の下で辺りをキョロキョロ見回していた。
 「ここだよー落ちるー」
 少年は千年桜の木の枝に両手でぶら下がり、今にも力尽きて落ちそうになって、顔を真っ赤にしてこらえていた。
 「あー、そんな所にいるのか、まて、もうちょっとガンバレ」
 そう言って男は辺りの落ち葉を大慌てでかき集め、少年のぶら下がっている下にこんもりと盛り上げた。
 「よし、いいぞ、手を離せ」
 男が言い終わるや否や、少年はその落ち葉の上にどさっと落ちた。

 「アー助かった。腕がちぎれるかと思った。いてーっ」
 「ムサシ見ろ、きれいな学校だ。多分この感じでは小学校だろう。いいところに来たな」
 「父ちゃん腹減った」
 「うん、そうか」
 男は小さなバックから一握りの包みを取り出し、その中の1つを少年に手渡した。
 「とにかくこの町を詳しく知らなきゃーな」
 そう言って二人はクッキーのようなものをほおばりながら歩き出した。

 「父ちゃんきれいな所だね、緑がいっぱいある。小鳥もたくさんいる。道にゴミ1つ落ちていない。どこがいけないの?」
 少年は父の顔を見上げながら不思議そうに尋ねた。
 「そうだな、どこも問題は無い。見えるところはね」
 「・・・・・・じゃ見えない所にあるの?」
 「そう、それが、問題だ。見えない所がね」

 少年はよく納得できないといった顔で辺りの景色を、あちこち見回しながら歩いて行った。
 「あーいい匂いだ父ちゃん、何この匂いは、こんないい匂いは初めてだ」
 「うん、そうだな、多分あれだろう」
 そう言って男は前方数メートル先にある金木犀の木を指差した。
 濃い緑の葉から小さな金色の花が沢山出ていた。

 「あー父ちゃん、あれは何? あの木になっている真っ赤なものは」
 そう言って少年はその木の下へ駆けて行った。
 「父ちゃん、これとっていいかな?」
 少年は少し興奮していた。
 初めて見る美しい光景に夢中になっていた。
 「まあ道端にあるから1つくらいいいだろう」
 父がそう言うと、枝もたわわに実った赤い実の1つをそっと摘んだ。少年が摘むと同時にその実は、ぽろっとほとんど何の抵抗も無く採れてしまった。
 「あー父ちゃん、すごく柔らかいよ。何だか甘い匂いがする。僕何だか口の中、つばがいっぱい出てきた」
 「食べてみろ」
 「えーっ食べていいの?」
 「うん、食べて見ろ」
 少年はじっと見つめた。

 そして視線を、手に握った赤い実に落とすと、数秒じっと見つめていたかと思うと、意を決したように、勢い良くガブリとかぶりついた。
 赤い実はブチッとはじけて口の周りにドロッとした果実がいっぱいにくっついた。
 「あまーい、父ちゃん甘いよ。父ちゃんも食べてみて」
 少年は口をもぐもぐさせながら、初めて味あう美味しさに目を輝かせていた。

 「カキっていうんだ。この木の実は、この季節はどこにでもあるんだ。だからこんなに美味しいけど誰も欲しがらないんだ」
 「すごいなー、考えられない、どこが問題なんだ」
 少年は天国にでも来た様な気持ちになっていた。
 「今に分かる、ムサシようく見ておくんだ」
 父は息子の目をじっと見つめた。
 「誰もわかってないんだ、この素晴らしいところを、この大切さを」
 男は一人つぶやくような口調で言った。

                                つづく