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  未来少年ムサシ10  天才少女速水との対決


 「ムサシ君―、ムサシ君」
 「ムサシ君はいくつで碁を覚えたの? 誰に教わったの?」
 学校が終って校門を出ようとする時に、サッチャーに声を掛けられた。
 「僕は3才の時からだよ。幼稚園に入ると皆教わるよ」
 言い終ると同時に『あっ』と思った。
 「へー、どこの幼稚園?」
 「エーッ・・・いや僕の幼稚園は・・・・・・」
 ムサシは返答に困った。
 『本当のことを言ったって信じてくれないだろう。頭が変と思われるだけだ』
 ムサシはとまどった。

 「やあ、ムサシ君、久し振り。ムサシ君は碁を教えているの?」
 速水リナだった。
 「速水先輩、お久し振りです」
 「若宮さん、ムサシ君に碁を教わっているの?」
 「ハイ、愛原君も、三原さんも、他にも」
 「へー、いっぱいいるのね。止めときなさいよ、碁だったら私が教えてやってもいいわよ。ムサシ君変なこと言ってるそうじゃない。碁は強くならなきゃ意味ないんじゃないの。自分の得意科目が上達するとか、不得意なものも良くなるとか、そんな事は嘘よ」
 「嘘じゃないよ、本当だよ。強くなることだけがいいことじゃないんだよ」
 「何言ってんのよ、そんなこと言うなら私と勝負しましょう。私が勝ったらムサシ君は碁を教えることをやめなさい」
 「じゃ、オレが勝ったら」
 「あなたが私に勝てるわけないでしょ」
 「そんなこと分からないよ、やってみなきゃ」
 「まあ、そんなことは絶対無いけど、もしそんなことになれば、私は碁をやめるわ。とにかく今度の土曜日、駅前サロンで勝負よ」

 噂はたちまちの内に広まった。
 突然現れた不思議な少年と、この辺りでは誰もが知っている天才少女速水リナの対決が実現するとあって、駅前サロンでも皆の話題になっていた。

 「ムサシ、速水リナって中学一年の子と勝負するってことになったのか」
 父親が訊いた。
 「うん、オレが変なこと教えてるって言うんだよ。碁は強くないと意味が無いってゆうからそんなこと無いよって言ったら、勝負して決着をつけようって言うんだ。もしオレが逃げたら今来ている5人も去ってゆくかも知れないんだ」
 「そうか、どうしてもそういう話になるんだよな、この時代は」
 「・・・でどうするんだ、ムサシはもし負ければ5人は去って行くかも知れない。そしたら私達の目的は又遠のいてしまう。勝てば速水リナって子はひどく傷つくだろう。私達の目的を達成する為には一人の人が犠牲になるかも知れない。ムサシ・・・どうする」
 父の言葉にムサシは追い詰められたような気がした。

 『父ちゃんは、どうしたらいいと思っているんだろう。でもこんな時でも自分で考えなきゃいけないんだ。その為に今まで碁を勉強してきたんだ。あと二日しか無い、どうすればいいんだろう』
 ムサシは迷っていた。

 決戦の朝が来た。
 ムサシは一人千年桜の下にいた。
 この世界に来てから初めての岐路に立たされていた。
 「あの時と同じだ、僕はどうすれば・・・・・・」
 『ムサシ君、石は捨てることも必要なんだよ。大勢を不利にしない為には小さな石にこだわらないで、好点に先行することを考えるんだ』
 ムサシの生まれた世界で教えてもらった先生の声が聞こえてきた。
 『ムサシ、石をすてるということは、碁盤の上では分かっていても、それじゃ、その考え方は現実の世界ではどういうことになるのかな』
 父の声が聞こえてきた。
 『石を捨てるってことは、自分の目的のためなら人を犠牲にしても良いということかな。でも人には優しくしなさいって父ちゃんはいつも言っている。矛盾してるじゃないか、どんな人だって皆人間の価値にはかわりは無いって父ちゃんも先生も言った。犠牲になってもいい人なんていないはずだ』
 ムサシは自問した。
 『お姉ちゃん、お姉ちゃんだったら、こんな時どうする』

 ムサシは、この世界に来た時ぶら下がった千年桜の木の枝を見上げた。
 桜は黙って立っていた。
 風に吹かれて落ち葉が舞っていた。
 『大人の言ってることは矛盾ばっかりだ』
 ふっとつぶやいた。

 異色の対決と合って大勢の人が集まった。
 桜岡小の子供達も、ムサシの応援と好奇心から、囲碁部の5人の他にも数人が集まっていた。
 「ムサシ頑張れよ、お前が負けたら俺たちがっかりだぜ」
 ガンタツが言った。
 「ムサシ君、勝つとか負けるとかそんなこと問題ないのよ。ムサシ君らしく戦えばいいと思うわ」
 サッチャーが言った。
 「ありがとう・・・・・・」

 思っていた以上の反響の大きさにムサシの迷いはさらに大きくなっていた。
 速水は勝ちが決まったかのような余裕の表情で周りの人たちと談笑していた。
 この囲碁サロンでは速水には誰も勝てない。そのせいか周りの大人達が速水を持ち上げる様なことばかり言っていた。
 「強くなる為に勉強しているんでしょ。強くなるのが一番の目的じゃないなんて可笑しいでしょ。私、もっと勉強して、もっと強くなりたい」
 周りの大人たちは誰も速水の言葉に反論する者はいなかった。


                                つづく