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  未来少年ムサシ11  ムサシの苦悩


 握ってムサシの白番になった。
 瞬間、速水はしめたと思った。
 周りがざわめいた。もう勝負は決まったといわんばかりの雰囲気が流れた。
 速水は快調に、スピード感あふれる打ち回しをした。
 ムサシはいつもの様に、ゆっくりと力を溜めた様な打ち方に徹した。
 その分、黒に薄い個所ができてしまった。

 『こんなにゆっくり打って間に合っているの? 勝つ気が無いなら碁は打たなきゃいいじゃない』
 速水は少し腹立たしくなってきた。

 『こんなに薄くして大丈夫と思っているのかな? 破綻すると思うけど、破綻したら大差になる、大差になるのは僕が強いからじゃないんだ、相手が間違った手を打っているからなんだ。相手の間違いで勝っても価値が無い』
 そうムサシは思いながら一手一手無理の無い手を心がけていた。

 小さい時からの訓練が、良くできていたのだった。
 速水の打つ手が少しずつ遅くなってきた。
 大きくリードしていると思われた局面が、いつの間にか黒の薄い石が攻められる形となり、隙の無い白の形が威力を発揮する局面になってきた。

 周りの観客からも「ほー」とため息がもれた。
 それにつられるかのようにムサシも大きく肩で息をした。
 ムサシは碁盤をじっと凝視していた。

 『少し盛り返したみたいだ。でも速水さんの本当の力は、もっとしっかりした碁を打つはずなんだ』ムサシは思った。
 『ムサシ、碁は、お互い一手一手打っているんだから大差になるはずは無いんだ。もしそうなるとしたら、どちらかが間違った手を打ったからなんだ。間違った手を打つのは、力に差がある場合か、同じ力ならどっちかの考え方が間違っているからなんだ』
 父の言葉が聞こえてきた。
 『そういう勝ちは、本当の勝ちとは言えないんだ』
 ムサシは少し盛り返した局面に対して、嬉しさよりも悲しみの心を感じていた。

 この碁は『僕は勝たなきゃいけない。もし負けたら、今の5人は去って行くだろう。そしたら、この世界にきた目的は遠のいてしまう。しかし、勝てば・・・・・・』
 ムサシは自分の心に、何か得体の知れない不安を感じていた。

 速水の打つ手が一段と遅くなった。
 肩で息をしている様子が感じられた。

 ムサシはじっと目をつぶった。
 『ムサシ強くなったね、ムサシは姉ちゃんよりずっと才能があるよ。早く姉ちゃんを追い越すんだよ』
 姉の声が聞こえてきた。
 『お姉ちゃん』
 『お姉ちゃんはいつもオレに教えてくれた』

 『ムサシ、臆しちゃだめだよ。慎重になるのと臆するのは違うんだよ』
 又姉の声が聞こえて来た。

 必死で考えている速水の息遣いが大きくなってきた。

 ムサシはそっと目を開けた。速水を見た。
 『・・・おっ、お姉ちゃん』
 苦悩する姉の姿がそこにあった。
 ムサシの記憶に鮮明に焼きついていて離れない姉の苦悩の姿が、生々しく脳裏に浮かんできた。

 『あの時、オレは何も分からず一生懸命に打っただけなんだけど、お姉ちゃんはすごく苦しかったんだ』

 「校長先生、ムサシは大丈夫ですか。苦しそうな顔をしていますよ」
 岩田は心配そうに言った。
 「未来さん、形勢はどうでしょうか? 私にはムサシ君の方がいいように思えますが」
 校長先生も確かめる様に譲に質問した。

 「そうですね、少しいいようですね、碁盤の上では・・・しかし・・・」
 「えー、・・・、何か?」
 「私達の世界で、少年少女の全国大会が開かれたんです。ムサシの5つ上の姉がダントツの優勝候補でした。ムサシが僕も出たいというので出したんですよ・・・」

 その時の試合会場
 「ムサシ、どうしたんだ。すごいなあー、とうとう決勝まできたのか。一回戦を勝てれば幸運だと思ってたんだけど、どこからそんなパワーが出てきたんだ」
 「へへへー僕勝っちゃった。どうしてかなーみんな自分からひっくり返っちゃうんだよ。僕は先生やお姉ちゃんに教わった通りに打ってるだけだよ」
 「でも、決勝はお姉ちゃんだから、僕勝てっこないよ」

 「ムサシ、強くなったね、びっくりしたあー。でも、姉ちゃんも嬉しいよ。決勝の相手は姉ちゃんと思わないで力いっぱい打つんだよ」
 「うん」

 「ムサシが勝てるわけないんです。普段は2子置いても勝てないんですから。姉の方は弟をとっても可愛がっていましたからね。嬉しかったのとやりずらかったのと、色々な気持ちが交差したんでしょうね。優勝して当然といえるほどその時はずば抜けた力を持っていたんですけど」
 校長先生はじっと聞いていた。

 「やっぱりお姉ちゃんは強いなあー全然適わないや。もう投げようかな、でもあんまり早く投げると後でお姉ちゃんに叱られそうだし、もうちょっと頑張るかなあ」
 「投げてもいい局面だったんですよ。でもけいこの時は、娘は厳しくムサシに言っていたんです。『自分の力を全部出し切るまでは決してあきらめるな』と。そうしたら娘の方の足並みが乱れてきたんです」
 校長先生とクラブの5人の子供達は、譲の話を固唾(かたず)をのんで聞いていた。


                                つづく