アクセスカウンター


  未来少年ムサシ12  ムサシの働き


 「あっ、お姉ちゃんの石が死んだ。死ぬはずは無いのに、お姉ちゃん間違った」
 「ムサシおめでとう」
 「お姉ちゃん・・・・・・」
 「娘は、笑顔で弟の頭をなでていましたが、目には涙がいっぱいでした。私も父親として複雑な気持ちでした。その時、娘は悟ったんです。自分は棋士になるのは向かないと。そして断念しました。一方ムサシはそれ以後急速に伸びました。しかも勝負に強いんです。けいこの時はコロコロ負けるんですが、試合になれば不思議なほど力を出すんです。ムサシの本当の名前は久(ひさし)と言うんですが、皆が勝負に強いことから、いつしかムサシと呼ぶようになったんです。でも大好きな姉を、自分が傷つけたと思って、それ以後、相手を傷つける様なことをとても恐れるようになったんです」

 『ムサシ、全力を出しなさい。どんな局面でもその時最善と信じる手を打ちなさい。お姉ちゃんは悔しくて泣いたんじゃないの、それまでの迷いがきれいに無くなったの、ムサシに教えられたことがとっても嬉しかったの』
 姉の声が聞こえてきた。
 『お姉ちゃん、オレ、お姉ちゃんを傷つけたんじゃないよね』
 ニッコリ笑ってうなずく姉の顔が、くっきりとムサシの脳裏に浮かんだ。
 『お姉ちゃんオレ勝つ!』
 「バシッー」と音がした。
 ムサシはそっと目を開けた。
 『僕は自分の信じる手を打つ』
 そう心に言い聞かせて、ムサシは、黒の大石に狙いを定めた石に力を込めて「ビシーッ」と打った。


 「押すなあー、もう入りきれねーよ。お前達何だよ、昨日まで知らんふりしていながら」
 ガンタツが大声を出していた。
 「みんな、そこ、つめて下さい。もっとこっち来て」
 狭い囲碁クラブの部屋は50人を越す生徒達が集まり、校長先生は驚きと喜びで声がうわずっていた。
 「僕は、みんなに囲碁を覚えてもらいたいからこの小学校に来ました。これから、皆さんが囲碁を覚える目的を言います」
 「1つ・・・・・・」
 皆の目がムサシに集まった。
 ムサシはやっとスタートラインに立った。
 クラブ室は熱気に包まれていた。
 子供達は真剣な眼差しで打ち込んでいた。
 時々感極まった声がしていた。
 「何だよ、オレの石、死んだんじゃないか。オマエずるいぞ、突然取りにきやがって」
 ガンタツの声がした。
 「ずるいってこと無いだろう、オマエが放っとくからだよ。ちゃんと手を入れて置かないからだよ」
 モアが言った。
 「IQはやっぱり強くなるのが早いなあー。私とても適わない」
 「そんなこと無いよ、サッチャ−はいつもしっかり打っているよ。ここだけがちょっと惜しかったね」
 「うーん、分かんない。難しいー。でもここに打っとかないと、危ないみたい」
 「方、天然の打つ手もだいぶ碁らしくなってきたな」
 子供達は真剣だった。

 「勝つ事を第一義に置いてはダメなんです。常に半分は負けるわけですから、だんだんいやになってやる子供達が減ってゆくんですよ。私達の世界では碁は戦いではないんです。競い合いなんですよ。碁の技術が少しずつ進歩してゆけば競い合いのレベルが少しずつ上がってゆくわけですが、競い合って相手の調和を図るんです。究極の調和が碁なんです」
 譲は市長室で関係者を集め話をしていた。
 「幼稚園の時から教えます。碁盤の上で欲張るとはどういうことか、優しくね。それは家の内ではどういうことか、例えて教えるんですよ。自分の気持ちと相手の気持ちがぶつかった時どのようにしてバランスをとるか、碁盤の上で、又実生活の上で実例を上げながら徹底的に教えるんです。その様な訓練は小学生の間中続きます。碁の技術を中心に強さを求めるのは、その中から適性のある者だけがその方面に進んでゆきます。今の世界の道徳教育と思っていただいても結構です。道徳の基盤が無ければ資本主義は崩壊します。弱肉強食だけのジャングルの世界になるんですよ。その様に行きつくところ迄いってしまったのが30年後の世界なんです」
 譲の話に全員が悲壮な顔で聞き入っていた。

 年が明け、寒さも去って、日差しの暖かな3月になり、卒業の季節がやって来た。
 子供達は半年近く熱心に、勉強にスポーツにそして囲碁に励んできた。
 今日も元気な子供達が下校して行った。
 6年生はあと少しで卒業する。ガンタツもサッチャーもIQも。
 「じゃなあ、モア、今日はオレの勝ち越しだ。卒業したら毎日は会えないけど、しっかり強くなれよ」
 「あとはお前と天然がみんなを引張って行くんだぞ。ムサシーズの第一期生だからな」
 「まかせときな」

 「あーっおばあちゃん、危ないよ、オレ持ってやるよ。ゆっくり行こう大丈夫だよ」
 腰の曲がったおばあちゃんが大きな荷物を持ってヨタヨタと信号を渡ろうとしていた。
 それを目に止めたガンタツはいち早く動いた。
 「ありがとう、助かったよ。ここの学校の生徒さんかい」
 「うん、そうだよ。オレもうすぐ中学生だよ」
 「そうかい、優しい子だよ」
 「オレが優しい? エヘー、オレ初めてそんなこと言われたよエヘヘヘー」

 「パスーよし走れ、よし走れ、ショート。三原、いい動きだ。最近見違える様にいいプレイしてるぞ。前みたいに自分一人よがりのプレイが無くなったな。チームの中に良く溶け込んでいいプレイができる様になったな。このままいけば、バスケットで中学は選抜されるかも知れないぞ」
 「コーチ、ありがとうございます」
 天然は持ってる素材に一段と磨きがかかってきた。
 「私は青雲中を目指します。IQもサッチャーもいます。友達は大切にしたいです。囲碁部は僕がキャプテンとしてみんなを引張って行きます」
 「そうか、青雲を目指すか、勉強と囲碁と両立させなさい」
 「はい」
 「吉川君もずいぶんとはっきりものが言えるようになったね」
 担任の先生はしきりに感心していた。


 「むさし、良くやった。後は少しずつこの輪が広がって行くだろう。二人がこの世界に来た目的は立派に果たした」
 「うん、みんな一生懸命に勉強したよ。あれからしばらくして速水さんも手伝ってくれたんだ。『私が間違っていた』ってオレずい分助けてもらったよ」
 「そうだな、みんな気持ちはいい人ばっかりだったね・・・」
 「エーッ父ちゃん『だったね』って・・・もしかして」
 父は黙ってうつむいたままだった。
 「いやだよ、オレ、絶対いやだよ。絶対いやだからね、オレは・・・・・・」


                                つづく