翔べ宙太(みちた)!@ 宙太登場


 屋根の上に少年が座って、北の空を見上げている。
 隣に一才になったばかりの柴犬が耳をピンと立て、少年の側に寄り添うように座って、同じように北の空を見上げている。
 「ジュピター、あれが北極星だ」少年が言った。
 犬がワンと鳴いた。
 「いつも北の空で光っているんだ。上を見ろ、あれが北斗七星だぞ。七つの星が光っているだろ。スプーンみたいだ。ジュピターわかるか?」
 ジュピターがまたワンと鳴いた。
 その時、ジュピターの耳がキュッと右の方に動いた。
 次の瞬間、右の方に首を曲げて、ワンワンと2度嬉しそうに鳴いた。
 少年も右の方を向いた。「あ、かあちゃんだ」

 遠くに自転車のライトの光るのが見えた。
 少年の母親が仕事から帰ってくる自転車の音を、ジュピターはいち早く聴きとって少年に知らせたのだ。
 「こい、ジュピター」少年はさっと立った。
 前かがみになりながら屋根の尾根をまたぎ、左の方に2、3歩あるいて、そばの柿の木の枝をつかみ、するすると降りていった。
 ジュピターは尻尾をふり、ヨタヨタしながら、ワンワンと鳴きながら、少年に遅れまいと必至についていった。
 少年は、柿の木の太い幹の地上から1m位の枝の上に立って、「それー」という掛け声と同時に跳んだ。
 着地と同時に両腕を水平に伸ばし、「完璧な着地です。力田君、これで金メダル確定です」と少年はアナウンサーのまねをして言った。
 後ろを振り向き、「ジュピター、跳べ!」
 ジュピターは、先ほど少年が跳んだ木の枝の上でもじもじしていた。
 少年の掛け声におされて、ジュピターも跳んだ。
 着地でヨロヨロと前のめりになって、キャンと鳴いた。
 「ジュピター君、着地失敗です。まだまだ修業が足りません」
 少年は駆け出した。「ジュピター、来い!」100m位先に、少年の母親が自転車で帰ってくる姿がうすぼんやりと見える。

 「かあちゃーん」少年は走った。ジュピターも走った。

 「俺の名前は宙太(みちた)、力田宙太。10才、身長135cm、体重30kg。諸富小学校四年生。俺の一番好きなもの、かあちゃん。二番ジュピター。三番目、星。四番目は、うーん走ること、友達、自転車、初恵ちゃん、皆な一緒。あっ!とうちゃん!とうちゃんを忘れてた。とうちゃんは特別だ」

 「かあちゃん!」宙太は出会いがしら、さっと後ろに回り、母親の自転車の荷台に飛び乗った。
 「あぶないよ」母親が言った。
 ジュピターはワンワンほえながら、嬉しそうに自転車の周りをぐるぐる回りながら走っている。
 「ジュピター危ないよ、引かれちゃうよ」母親が言った。
 「遅くなってごめんね、今日は残業があったんだよ。お腹すいたろう、スーパーで宙太の好きな焼鳥買ってきたからね。帰ったらすぐご飯にしようね」

 宙太の父親は船乗りだ。世界中を回って魚を取っている。
 一度船に乗ったら、3〜4ヶ月は帰ってこない。でも帰ってきた時は、宙太と毎日魚釣りに行ったり、キャッチボールをしたり、かけっこをしたり。なかでも宙太が好きなのは、何といっても寝る時に世界中の話をしてくれることだった。世界中の初めて聴く不思議な光景、それは宙太にとって夢のような世界だった。

 2人と1匹の遅い夕食が始まった。
 「また星を見ていたのかい」と母親。
 「うん」「ジュピターも北極星が分かるんだよ」
 「えーそうなの」母親は笑っていた。
 ジュピターがワンと鳴いた。

 「北極星が真中でね。大熊座、小熊座、カシオペア座、キリン座、山猫座とあるんだよ」
 「宙太はほんとに星が好きなんだね」
 「大熊座のからだとしっぽのところに6つの2等星と3等星が中に1つあってね、7つの星がスプーンみたいな形してるんだ。それが北斗七星だよ」
 宙太は目を輝かせながら、母親に話していた。