翔べ宙太(みちた)!12  宙太、訓練開始


 「昨日の本は持ってきたかな?」
 「昨日の問題は家で全部やったよ」
 「だから、もっと難しい本を見せて」

 昨日宙太は家に帰ってから、すぐに本を見ていた。
 食事の時間も、本を見ながら食べていた。
 いつもは食事の時、学校で有った事を、何でも母親に話していた。
 その日は本を見ながら、黙って食べているので、母親が「宙太どうかしたのかい」
とさかんに気にしていた。
 「何でもないよ、ブラックホールの研究だよ」
 「へー、ブラックホールね」
 母親は宙太の本をそっと横から見て、碁の本だと分り、どうして碁に興味を持ったんだろうと不思議に思った。

 草心は古くなった詰碁の本を持ってきた。
 中級と書いてある、1級から5級位までの本だ。
 宙太は問題を見て、10秒としないうちに『ここだ』と言って急所を指差した。
 中級の本もほとんど考えることなく、30分位で終った。
 「和尚さん、もっと難しい本ないの」
 「そうか、じゃちょっと待って」といって部屋の奥へ行った。
 持ってきた本には、上級と書いてある。
 今度は宙太を少し試して見ようと、草心は問題を10秒ほど見せて、本を閉じた。
 そして「宙太並べなおしてごらん」と言った。
 宙太は「うん」というと、すばやい動きで、右手で黒石、左手で白石を同時に並べた。
 並べ終わるとじっと見ていた。

 20秒ほど考えて「ここだよ」と言って、指差した。
 草心はそれに応じた。
 また宙太が次の手を指差した。
 そうして20問ほど続けて詰碁をといた。
 すべて正しかった。
 1つだけ2〜3分考えたものはあったけれど、「分った」と言った後は、すべて1回で正しい答えを出した。

 草心はあらためて宙太の才能に驚いた。
 「この子は普通じゃない、本当に天才かもしれない」と思った。


 宙太は小さい頃から星が好きだった。
 夏の夜はよく父親と二人で、屋根の上で星を見るのが好きだった。
 一番強い光の一等星から、星座の本を持って、懐中電灯で本を照らしながら、一つ一つ覚えていった。
 二等星、三等星と覚えていって、9才になる頃は、5等星までほとんど覚えていた。
 そして一度覚えると、星と星の間の相対的位置関係まで、正確に記憶していた。
 さらに本に書いてある星座だけでは飽き足らず、星座と星座を組み合わせて新しい星座を創っていった。

 盤上の詰碁の石は、多くても30個くらいだ。そのくらいの配置は一瞬にして記憶する事ができた。
 そして詰碁の基本のルールを覚えただけで、宙太にとっては、ブラックホールを二つ作らせない、相手のブラックホールを最後に一つにするためにはどうするか、頭の中でいくらでも石を置いてはこわし、置いてはこわして、正確にすごい早さで思考する事ができた。

 草心はこの本でこれ以上やるのは、必要ないと思った。
 「宙太、ブラックホールの研究は面白いか」
 「うん」
 「宙太は上手になるのが早いな」
 「そんなことはないよ、だって俺は3才の時からやっているよ」
 宙太は星を見て覚えた事を言っている。
 「父ちゃんが言っていたよ、俺は3才のころから星をみていたって」
 「そうか、3才からやっていたのか。よし宙太、また明日からもっと研究しよう。宙太が早く神様の問題が解けるようになるためにね」
 宙太は夢の中の問題を、草心が言っていると思った。

 そして、嬉しそうに「うん、俺、頑張って研究する。早くできるようになりたい。時間が無いんだよ」
 「時間が無い?」
 草心は10才の子が時間が無いといったことに不思議そうな顔をした。
 何か宙太の言っている事と、自分の感じている事が食い違っているのかもしれないとも思った。


 翌日、草心は本箱の一番奥にしまったままになっている難解詰碁の本を出した。
 もう何年も開いてないので、本の上に少しほこりが積もっていた。
 そのほこりをパタパタと叩きながら思った。
 「いくら天才と言ったって、まだ碁に触れて何日たっていると言うんだ」
 自分でも少しやりすぎではないかと思った。
 プロでもなかなか解けない超難問ばかりである。

 だいぶ以前にテレビで見た数学の天才少年が、小学高学年ですでに大学の数学をやっていると言うのを見たことがある。
 宙太もそれと同じ事かもしれない。
 宙太は詰碁をやっているという意識は全く無いのかも知れない。
 ただ自分の大好きな星座を並べているだけなのかもしれない。
 ブラックホール1つで星座が蒸発すると言う1つの条件と、限られた石の数だけで考える事は、今まで宙太がやってきたことからみれば、ちっとも難しい事ではないのかもしれない。
 草心はそう思った。

 その頃宙太は学校で苦しんでいた。
 算数のテストが60点しか取れなかったのだ。
 間違っている所を、全部正解するまでは帰れないのだ。
 応用問題が8問、間違えていた。その8問を自分で考えて100点にするまで帰れなかった。
 宙太はあせった。早く終わらせて、草心の所へ走って行きたかった。
 「早く帰らなきゃー」宙太は心の中でつぶやいた。
 早く答えを書きたい一心で、気持ちだけがあせって、問題をよく読んでいない。
 答えの解き方が全く思い浮かばない、もう泣きたい気持ちだった。

 その様子を見ていた担任の二宮先生が言った。
 「宙太どうしたんだ、このところ宙太はいつも授業中上の空で外ばっかり見ている。何か心配事でもあるのか?」
 「いつもの宙太らしくないぞ」
 そう言われて、宙太は胸にぐっときた。
 父ちゃんの事、父ちゃんを助けるためにブラックホールの研究をしなければいけない事を言おうかと思った。
 でもじっとこらえた。

 「宙太」先生は続けた。
 「どんな事情があっても、今やらなければいけないことは、今やらなければいけないんだ。今やる事を怠けて次へ行っても、今の時間は無駄になるんだ。今の時間が無駄になるという事は、次の時間も無駄になるという事なんだ」
 「宙太、慌てないでもいい。よおく考えろ、よおく考えろ」
 宙太はじっと半分泣きそうな顔で聞いていた。
 そして先生の最後のよおく考えろ、よおく考えろと言った言葉にはっとした。

 あのときの神様の言葉と同じだ、これから逃げる事はできないんだ。
 宙太はじっと気持ちを落ち着かせるように、しばらく目をつむった。
 そして、ゆっくりと目を開くと問題を一字一字ゆっくりと読んだ。
 問題の意味がよくわかってきた。
 答えの解き方がすらすらと思い浮かんだ。
 そして8問全部正解した。
 「先生できました」
 答案用紙をじっと見ていた先生は「よおーし合格だ、よく頑張ったな」と言って、宙太の頭をくしゃくしゃになでた。