翔べ宙太(みちた)!14  道策様が見ている


 宙太はそっと御堂の中に上がった。
 二日前、草心のそばに座ったように、仏様の前に一人座った。
 そしてじっと見つめた。

 薄暗い中に仏様は静かに座っているだけだった。
 「仏様、仏様は、人間を助けてくれますか?」
 仏様は何も答えない。

 「仏様、お願いです。父ちゃんを助けて、俺、神様と約束したんだ、今日の夜まで待ってくれるって」
 「仏様は神様と仲良しじゃないの、仏様、お願いです、神様に頼んで下さい」
 「俺、頑張るけど、もしできなかったら・・・」

 宙太は少し心細かった。
 仏様は静かに座っているだけだった。

 「宙太!」
 ふと、宙太は呼ばれたような気がした。
 左を見たが、誰もいない。左の方から呼ばれたような気がした。
 辺りを見回しても誰もいない。
 しばらくしてまた「宙太」と呼ばれた。
 いつか聞いたことのあるような声だった。懐かしい優しい響きの声だった。
 やはり左の方からだった。

 宙太は左の方をじっと見た。
 薄暗い中、左の方に掛け軸が下がっている。
 その掛け軸には一人の老人の絵が書いてあった。
 よく見るとその老人は星座の上に座っていた。

 「まさか!」宙太は思った。
 このおじいさんが俺に声を掛けたのだろうか!?
 その掛け軸に近づいて、じっと老人を見た。
 誰だろうこのおじいさんは、偉い人なのかなーと宙太は思った。
 おじいさんの座っている星座を見た。じっとしばらく見つめていた。

 「ああーっ」宙太は大声を上げた。
 「なんだこれは!」宙太の記憶が鮮明に甦った。
 夢の中で見た神様が宙太に解けと示した星座と全く同じではないか。
 宙太はドキドキした。
 「仏様ありがとう、おじいさんありがとう」
 宙太の口からこぼれるように、言葉が出ていた。


 宙太は碁盤に並べた。
 そしてじっと考えた。
 難しかった。今までのよりも何倍も何十倍も難しかった。
 まだ時間がある、落ち着いて、よおく考えろ、よおく考えろ。
 あせってもいいことは無いんだ。
 宙太は自分に言い聞かせた。

 境内の庭の木の陰が長くなっていた。
 草心は何しに行ったのか、なかなか帰ってこない。
 宙太はもう3時間以上、一人でじっと碁盤を見つめていた。

 宙太は考えている時は、決して石を置かない。
 石を置くとかえってそれ以後の自由な思考ができにくいのだ。
 石を置くときは、宙太の頭の中では、完全に図形ができ上がっている時だ。
 はっきりとした図形がなかなか思い浮かばなかった。

 ふと顔を上げた。
 「ただいまー」と言って草心が帰ってきた。
 「やあー、宙太来ていたか。ごめんごめん、もう来ているんだろうと思って、急いで帰って来たんだ。竹次じいさんの命日なので、お経を上げに行ってたんだ」
 竹次じいさんは近くに住む、農業をやっていたおじいさんで、おとなしい宙太を自分の孫みたいに、とても可愛がってくれた。
 トンボやカブトムシのとり方を教えてくれた。
 何にもまして宙太がワクワクしたのは、ドジョウやフナを、朝早く起きておじいさんと一緒に、前日に仕掛けた竹で編んだ罠を、上げに行く時だった。
 入っているか、いないか、あげる前は宙太はドキドキした。
 罠を上げると、半分くらい水から出した所で、バシャバシャと水しぶきを上げて、フナやドジョウが暴れ出すのだった。
 その時は、宙太は「やったー」と思った。
 おじいさんがとってもすごい人のように見えた。
 その竹次おじいさんが突然亡くなってから、1年がたっていた。


 「和尚さん、この問題知ってる?」
 宙太は碁盤を指差した。
 それをじっと見ていた草心は「えっー、宙太どうしたんだ、この問題は」
 「あそこに書いてあるんだよ。でも難しいよ」
 「ああー、あれを見たのか。そうか」

 「この問題はね」草心はそう言って、碁盤の前に座りなおした。
 そして、その並べてある石をじっと見ながら、言った。
 宙太も碁盤の前に正座した。
 「この問題はね、昔の偉い碁の先生が考えた問題だ。とても難しいよ。ほらあの絵のおじいさんだよ、道策と言う先生だ」

 「俺、ずーとこの問題を考えているけど、なかなかいい図が決まらないんだ。昼からずーと。今までの問題よりも、ものすごく難しいね」
 「宙太、どうしてこんな難しい問題をずーっと考えているんだ。今の宙太には少し・・」
 草心はつい無理かも知れないと言おうとしたが、きわどく思いとどまった。
 その通りであっても、自信を無くすようなことを、わざわざ言う必要は無いと思った。
 そして続けた、「よく考えればきっとできるよ。でもどうしてまた」
 草心は宙太がこれほど難しい問題にこだわる訳が知りたかった。
 「神様と約束したんだ」
 「神様と約束?」草心が言った。

 宙太は夢の話を全部した。
 そして今夜が約束の日であることも話した。

 草心は宙太が夢の話を現実のものとしてとらえて必死の努力をしている事に、心が引き裂かれるような感動を覚えた。
 不覚にも涙が出そうになった。
 そして教えてやりたい衝動をやっとの思いで押し殺した。

 「そうか、神様と約束したんだったら、宙太の力で頑張れ。きっと出来るようになるよ、宙太だったら」
 「えーっ、本当和尚さん、俺にできる?」
 「出来る、きっと出来る」
 草心は張り裂けるような気持ちを押さえ、大きくうなずきながら言った。

 そういえば、宙太は小さい頃から、星座にまつわるギリシャ神話の本を読むのが好きだった。
 ギリシャ神話のみならず、日本の神話もよく知っていた。
 神様の不可解な行為に対して「どうして?」と草心を質問攻めにして悩ますことも度々あった。
 特に「英雄ヘラクレス」や「トロイの木馬」、「オデュッセウスの冒険」の話になると宙太は目を輝かせながら草心に話して聞かせた。
 そんな時、どうやってその話から逃げるか、嘘をつくことのできない草心はいつも困り果てていた。
 そのようなことが宙太の潜在意識の中にあったのだろうか。
 宙太は神様を実感として身近に感じているかも知れないと草心は思った。

 つづく