翔べ宙太(みちた)!15  希望の光


 5時のチャイムが遠くに聞こえた。
 「あっー、5時だ。帰らなきゃ」
 宙太は力なく、頼りない声で言った。
 「うん、宙太、頑張れ」草心は言った。
 宙太は少しうなだれて、弱々しく「ジュピター」と言った。
 いつもなら、元気よく走り出して行く姿とは打って変わって、トボトボと歩き出した。
 草心はたまりかねて、「宙太、頑張れ、宙太ならできる!」と大声で叫んだ。
 宙太は、はっとして振り返った。そして草心を見ながら、「和尚さん、ありがとう」と力なく手を振った。

 宙太は門を出て、トボトボと歩いた。
 問題の図を頭に描きながら、しばらく歩いた。
 宙太はふと振り返った。
 うす暗くなった夕闇の中に、影絵のように天道寺が見える。
 和尚さんにすがりたいような気持ちになった。
 その時、天道寺の境内にパッと明かりが点いた。
 暗い海の中で道筋を示す灯台のような、希望が湧いてくるような明かりだった。
 宙太は草心が「頑張れ」と合図を送ってくれているような気がした。
 その灯を見て、ワンワンとジュピターがはげしく吠えた。

 一人になった草心はあふれる涙が止まらなかった。
 「なぜ教えてやらなかったんだろう」草心は後悔した。
 「そういえば、竹次じいさんは自分の孫のように、宙太を可愛がっていたからなあー」草心は一人つぶやいた。
 仏様が竹次じいさんの声で、宙太を助けてくれたに違いないと草心は思った。

 約束の夜が来た。
 9時になった。
 宙太はジュピターの小屋の中を覗いた。
 ジュピターは丸くなったまま、まだ起きていた。
 宙太の気配で「ヒューヒュー」と甘えるような声を出した。
 「ジュピター、今夜頑張ろうね」
 ジュピターは小さくワンと鳴いた。
 「母ちゃん、おやすみ」宙太は床に入った。


 宙太とジュピターは真っ暗な空の中を走っていた。
 遠くに神様が創った星座が見える。
 その先に父が見えた。
 「とうちゃーん」宙太は問題を考えながらゆっくりと歩き始めた。
 父の時間はまだ止まっている。
 宙太は少しホッとした。
 やがて、神様と約束した場所に着いた。
 宙太は弱々しい声で呼んだ。
 「神様、3日間の時間ありがとうございました。今、戻ってきました」
 「神様、聞こえていますか?」

 「宙太、よく戻ってきた。約束どおりお前の父の時間は止めてある。これから、その問題を解くといい」
 「はい」そう言って宙太はじっと問題を見つめた。
 見つめたままじっと動かなかった。
 数分が過ぎた。
 宙太はなかなか青星を置こうとしない。
 じっと見つめたままだった。

 声が聞こえた。
 「どうした宙太、約束の時間だ。もうこれ以上、お前の父の時間を止めて置くことはできない」
 そういう声と共に父の時間が動き出した。
 父親は苦しい表情で網を引き出した。
 前に見たときよりも、もっと苦しそうな顔をしていた。

 「ああーっ」宙太は叫んだ。
 早くしなきゃ、早くしなきゃ、宙太はあせった。
 ここで失敗は許されないのだ。落ち着くんだ、落ち着くんだ。宙太は自分に言い聞かせた。
 ジュピターがワンワン鳴き出した。

 赤星星座の左の一番端っこを見ながら、ワンワンけたたましく鳴いている。
 「ジュピター、どうしたんだ。どうしたんだ、こんな時にどうしたんだ」
 宙太はジュピターの頭をなでながら言った。
 父の姿を見た。
 さっきよりも、さらに一段とけわしい顔になっていた。今にも力尽きて、倒れそうになっていた。
 「ああーっ、父ちゃんが死んでしまう。どうしたらいいの和尚さん助けてー」
 宙太は心でさけんだ。

 その時、天道寺の陰が浮かんできた。
 夕方帰る時に見た薄暗い中の天道寺の陰が、赤星星座に重なって、浮かんできた。
 「あーっ、天道寺だ!」
 そう思った。
 その時、天道寺の境内の明かりが薄ぼんやりと点いた。
 そして、その明かりが赤星星座の一番左端と重なって見えた。
 ワンワンワンとジュピターが一段と激しく鳴いた。
 宙太はじっとジュピターを見た。ジュピターはなおも鳴き続けた。

 「そうだ! そうなんだ。あの星だ、あの左端の星だったんだ」
 今まで宙太の頭の中で描いてきた数百という図が、一瞬にしてひとつに統一された。
 「ジュピター、ありがとう。和尚さん、ありがとう。和尚さんとジュピターが教えてくれたんだ」
 宙太は確信した。

 「神様!」宙太は全身の力を込めて叫んだ。

 つづく