翔べ宙太(みちた)!17  楽しみがある


 翌日、宙太が学校へ行こうと玄関で靴をはいている時、草心が尋ねて来た。
 「おはよう。宙太」
 「あっ、和尚さん、おはよう」
 「宙太、夕べはどうだった?」
 「夕べって?」宙太がキョトンとした顔で聞き返した。
 草心は少し戸惑った顔で「お父さんを助ける話だよ、星座を蒸発させる話だよ」
 草心は強い口調で尋ねた。
 「うん、父ちゃん助かったよ、魚もいっぱい獲れたよ」
 「そうか、そうか、良かった、良かった」
 そう言って、宙太の顔をじっと見ていた。
 まだ、何か続けて詳しく話して欲しいといった顔で。

 「神様に話したんだ、この問題は解けませんって。そしたらね、よく分ったって褒められたよ」
 「俺が初めてなんだって、人間では。解けませんとはっきり言ったのは」

 「そうか、神様にほめられたか、良かったなあー」
 「あの問題はね、道策先生が、わざと間違えて作ったと言われているんだよ。道策先生は強過ぎて、相手がいなかったんだ。それで、退屈なもんだから、人に見せて、これは間違いですよと誰かが言うのを楽しみにしていたんだね。でも誰も間違いですとは言えなかったんだよ。あまり偉い先生だから」

 草心が嬉しそうに言ったのを聞いて、「なんだあー、和尚さん知ってたのか。でも和尚さんが教えてくれたんだよ」
 草心はキョトンとした。
 「でもこれは夢だからね。和尚さん、行って来まーす」

 きのうまでは宙太はあれほど必死だった。
 その姿に圧倒されて、草心は宙太に合わせるように、宙太をキズつけないように気を使っていた。
 夢だから心配ないよ、とは軽々しく言えない雰囲気だった。
 父親が助かった結果になって、すっかり安心したせいだろうか、宙太は気持ちの整理がついたのだろう。
 宙太のあっけらかんとした顔に、草心は安心と共に少し不安を感じた。
 碁に対する興味が無くならなければいいが、と思った。
 「さて、これからどういう作戦でゆくか」
 宙太の後姿を見ながら、草心はつぶやいた。


 それから1週間が経った。
 宙太は母と夕食をしていた。
 玄関のチャイムがなった。
 「電報でーす、電報でーす」という声がした。
 「俺が行く」宙太は口をもぐもぐさせながら、さっと立って行った。
 「はい、電報です」
 「おじさん、ありがとう」
 宙太は急いで母に手渡した。

 母は早速開けて見た。
 「なんて書いてあるの、誰から?」
 「ちょっと待って」母はゆっくり読み始めた。
 「ニ十七ニチニカエル、タイリョウダ。ダイスケ」
 「父ちゃんだ! 帰って来るの? ヤッター、27日って、あっ今度の日曜日だ」
 宙太は、カレンダーを見ながらはしゃぐように言った。

 「早かったね、まだ2ヶ月経ってないよ。きっともう積めないくらい魚がいっぱい獲れたんだよ」
 「良かったね、母ちゃん」
 「良かったね、宙太」


 父が帰ってくるその日曜日が来た。
 いつもより少し遅い朝食を済ませると、宙太は母の手伝いをして家の掃除を始めた。
 部屋の床、家の周りの掃除、宙太は自分の部屋より、ジュピターの小屋をいつもより綺麗にしていた。
 そしてジュピターにも、いつもより丁寧にしっかりとブラシを掛けた。

 母は洗濯を済ますと、仕舞い込んだままになっている大介の布団やパジャマを干していた。

 午後は二人でスーパーに買い物に行った。
 父が帰ってくる日はいつもよりいっぱい買い物をすることになっていた。
 今日はたまたま日曜日ということで二人で自転車で行った。
 宙太はビュンビュンとばした。
 ジュピターはけんめいに走ってついて行った。
 宙太は立上がってこいだ。顔をなでる春風が心地良かった。
 「宙太、スピード落としなさい。あぶないよ」
 後ろで、母が嬉しそうに言った。

 スーパーでは父の好きなものを買った。
 この日は宙太の好きなものを何でも買ってくれた。
 もちろんジュピターの大好物、骨付き肉も宙太はしっかりと握っていた。
 買い物を終って、袋に詰め終わった後の、一番の楽しみは何と言ったって、ソフトクリームが食べられる事だった。
 宙太はチョコレートのソフトクリームが好きだった。
 自分の顔の前にソフトクリームをまっすぐに立てて、「かあちゃん、ほら俺の顔より大きいよ」と言った。
 母は笑っていた。
 宙太はジャンボのソフトクリームを口いっぱい頬張った。

 宙太は幸せだった。

 母も小さなアイスクリームを、ゆっくりと味わうように食べていた。
 優しいまなざしで、じっと宙太の食べている顔を見ていた。

 いっぱいの荷物を母と宙太の自転車2台に分けて、帰ってきた。
 もうそろそろ父が帰ってくる時間だ。
 父はいつも夕方、4時頃に帰ってくる。
 朝早く港に着いて、積荷を降ろす作業を終えて、船の掃除、部屋の掃除を済ませるといつもその位の時間になるのだ。
 母は帰るとすぐに夕食の支度に取りかかった。

 宙太はだんだんそわそわして来た。
 家の前でジュピターと一緒にじゃれあいながら、時間が近づくのを待った。

 つづく