翔べ宙太(みちた)!18  父の不思議な話


 父が帰ってくる時間が近づいて来た。
 宙太はいてもたってもいられないといった風に、父が帰ってくる方向ばかり気にしていた。
 
 「かあちゃん、俺、我慢できない。迎えに行ってくる」
 「あんまり遠くまで行っちゃだめだよ」
 「うん、わかってる、ジュピター行こう」

 父の帰ってくる方向へ二人で歩き出した。
 100m位行った時、遠くの方に黒い人影が見えた。
 しっかりした足取りで、大きな荷物を肩に担いでいる格好をしていた。
 もしかしてと宙太は思った。
 急ぎ足になった。
 だんだん近づいて来た。
 肩に大きなバックを担ぎその荷物を右手でささえ、左手にまた大きなバックを下げた頑丈そうな体つきの男が、しっかりとした足取りでこちらに向かっている。

 宙太は足を止めてじっと見た。
 ジュピターがさかんにしっぽをふりながらそわそわしていた。
 「とうちゃんだ、とうちゃんだ」
 宙太は走った。全力で走った。
 ジュピターも全力で走ってついて行った。
 「とーちゃん」宙太は大声で叫んだ。「みちたー」父が大声で呼んだ。
 肩に担いでいる荷物を降ろし、左手に持っていたバックを降ろして両手を広げ、その場に立ち、腰を少し下ろして、「宙太ー」と再び呼んだ。
 「とうちゃーん」宙太は走ってその太い腕の中に飛び込んで行った。

 「おおー宙太、元気か、元気か、うーん、元気そうだ、よしよし」
 宙太を太い二本の腕でしっかりと抱きしめた。
 「父ちゃん、魚いっぱい獲れたんだって、良かったね」
 「うん、いっぱい獲れたぞ」
 「おおジュピター、しばらく見ないうちにジュピターも大きくなったなー」
 そう言って、大介はしゃがんでジュピターの頭をなでた。


 久々の3人揃っての夕食が始まった。
 食卓は、父の大好きなもの、宙太の大好きなものでいっぱいだった。
 ジュピターも今日は骨付き肉がついた。
 宙太がお腹いっぱいになり、「あー、上手かった」と言ってお腹をさすった。
 皆お腹いっぱいになり顔を見合って笑った。
 そして父は「不思議な事が、あったんだよ」と言って、話を始めた。

 「今度の漁はね、途中までずっーと獲れない日が続いたんだ。それで帰るのは、遅くなると皆覚悟していたんだ」
 そう言って、父はゆっくりとお茶を飲んだ。それから急に真面目な顔になった。
 父ちゃんはいったい何を言うんだろうかと、宙太は父の顔をじっと、見つめた。
 「ところがね、十日ほど前インドネシアの沖で嵐にあったんだ。季節外れの嵐で、今時はいつもいい天気が続く所なんだ」
 宙太はじっと聞いていた。

 「それが酷(ひど)い嵐だった。嵐になりそうになったとき、急いで網を上げ始めたんだ。その網が仲々重くて上がらない。嵐はものすごい勢いで近づいてきて、吹き飛ばされそうな激しい風が吹き始めた。空は真っ暗い雲がいっぱいになった。皆は懸命に網を上げようとするが、仲々思う通りにならない。もしかして船が転覆してしまうのではないかとみんな必死だった」
 宙太はじっと父の顔を見たまま聞いていた。
 「その時、父ちゃんはね、父ちゃーんという宙太の声を聞いたんだ。宙太が船に乗っている訳は無いので、空耳だと思って、黙って網を上げ続けたんだ。前に仲間から聞いたことがあるんだが、ぎりぎりの命がけの時、よく家族の声を聞くらしいんだね。父ちゃんは幸いにも今まで、今度のような危ない場面に遇ったことが無かったんだ。今度初めて恐い嵐にあって、宙太の声を聞いたんだ」

 大介の話を二人は黙って聞いていた。
 「嵐は益々ひどくなり、ものすごい雷の音がしてきた。父ちゃんも皆ももうダメかと思ったんだ。その時、また”父ちゃーん”という宙太の声がしたんだ。空耳とは思ったけど、本当にハッキリとした声だったんだ」
 宙太はうなずく様に小さくあごを引いた。
 「そしたら、真っ黒い空の雲がまっ二つに引き裂かれたようになったかと思うと、ものすごい光と音がしたんだ。100個分の雷が一度に落ちたようなそんな感じがした。あまりの光と音で気絶した仲間も出たくらいだ」
 「音が止んで空を見ると数え切れないほどの小さな光が黒い雲の間で光っているんだ。たくさんの流れ星だ。その光がだんだん近づいて来て船の周りの海にもいっぱい落ち始めた。皆こわくなって、船の中へ逃げ込んだんだ。周りが静かになったので、流れ星が終ったのかと思った時、“カーン”と大きな音が甲板の上でなった。船に落ちたんだ。出てみると、甲板が30センチくらい丸く黒焦げになっている。そのそばに小さな石ころが1つ落ちていたんだ」
 父の話は続いた。
 「おそるおそる皆が船の上に出てきたときは、明るい日差しが出てきて、風も治まってきたんだ。あっという間に本当に嘘のように急に嵐が止んで、あたり一面静かな海に変わっていたんだ。」

 宙太は一言も発せずに固唾(かたず)を呑んで聞いていた。
 父の話は更に続いた。
 「また皆で網を引き始めたんだ。そしたらさっきまでとはまるで違って、するすると楽に網が動き始めたんだよ。網の中には網が裂けるかと思うくらいに、魚がいっぱい入っていたんだ。一度の網でこれほどいっぱい獲れたのは、それが父ちゃんは初めてだったんだ」
 「その夜、船長さんに父ちゃんは話をした。嵐の一番ひどい時、宙太の声を聞いたってね。二度も。そしたら船長さんも子供の声を聞いたと言ったんだ。船長さんのところはもうみんな子供達は、大きいんだよ」
 「船長さんは、そういう話は昔からあるって、そして家族の声を聞いた時は必ず助かるって言うんだ。きっと宙太君がこの船の皆を助けてくれたんだってね」

 そう言うと、父親はバッグを引き寄せ、その奥に大事そうにハンカチにくるんである、石ころを1つ出して見せた。
 ちょうど空豆のような形と大きさをしていた。  その空豆の様な石ころを右手で持って、宙太に見せながら「この石はね、船の上に落ちた隕石(いんせき)の中に入っていたんだ。船長さんが隕石を取って強く握ってみるとボロボロに壊れだして、中からこの硬い石が出てきたんだよ。布で強くこすって磨いていたら、こんなに綺麗な色になったんだ」
 宙太はじっと見た。それは深い海の色をしていた。
 電気の明かりに透かしてみると、群青色の深い光が石の中から出ていた。
 「船長さんが、宙太にあげると言ってくれたんだ」

 宙太は唾を飲み込んだ。
 「俺の夢と同じだ」
 宙太は心の中で思った、でも黙っていた。

 「次の日からはね、毎日毎日大漁なんだ。一週間もしないうちに船いっぱいになったんだよ」


 宙太は父の話が終ると深いため息をついた。そして電気の光に石を透かしてじーっと石を見ていた。
 「きれいだなー」
 「不思議な事があるものですねー」
 母親が感動したような声で言った。

 つづく