翔べ宙太(みちた)!19  和尚さん、囲碁を教えて


 久しぶりの一家団欒(だんらん)に遅くまで話がはずんだ。
 その夜は父と一緒に床に入った。父のそばで寝られるのが宙太はとても嬉しかった。

 布団に入って父が話してくれた。
 「宙太、その嵐が過ぎた夜にね、父ちゃんは不思議な夢を見たんだ」
 「不思議な夢?」宙太が尋ねた。
 「父ちゃんは神様と会ったんだ」
 「えー、神様?」
 「うん、きっと神様だったと思う」
 「どこで、会ったの?」
 「それがね、その嵐の夜は、昼間の嵐の事が思い出されて、なかなか寝付かれなかったんだ。それでもうとうとしていると、“力田、力田”と声がしたんだ。誰が呼んでいるのだろうと思って、ジャンパーを着て、船室の外に出て甲板の上に立ったんだ。そうするとまた“力田、力田”と声がした。船の前方の上空に強く光っている星があった。きっと北極星だったと思うんだ。でもいつもの北極星の光より、何倍も大きかったんだ。その向こうから声がしたんだ」
 「その方向を父ちゃんはじーと見ていると、“力田、お前にやったその石は、宙太との約束の石だ。宙太は私との約束を見事果たした。その褒美(ほうび)のしるしだ。宙太にやるが良い。私は宙太をいつも見ている”そう神様は言った。そしてその強い光は消え、いつもの小さな光になっていたんだよ。その後部屋に帰って寝たはずなんだけど、そのことは全然覚えてないんだよ。朝起きてみると、ジャンパーが寝る前とは別の所に置いてあったし、いつもは靴も揃えて寝るんだけど、バラバラに脱ぎ捨てた様になっていたんだ。本当の事か夢か、よく分からないんだよ」

 そう言って、宙太を見た。
 今日宙太はいっぱいの幸せがあった。
 父の話を聞いているうちに、子守唄を聞くように、いつの間にかすやすやと寝息を立てていた。
 父はそっと布団をかけた。

 翌日、月曜日から宙太は草心の元へ学校が終ったら、毎日行くように決めていた。
 神様にもらった石を持って、草心の元へ行った。
 「和尚さーん、ほら見て、これ神様にもらったんだよ」
 草心は驚かなかった。
 「そうかー、良かったなぁー」
 昼間父親の大介がお世話になったお礼に来て、昨日の話をしていたのだ。
 草心も今までの出来事を父親に話した。
 不思議な話のつながりに、二人とも驚いていた。
 それ以上に、宙太の際立った才能に父親の大介は驚いていた。

 「和尚さん、俺に囲碁を教えて、神様は俺にご褒美をくれたんだ、だから俺は上手になりたい」
 草心はどうやって宙太に囲碁を教えたら良いものか、思案していた。
 あまり無理にやって興味をなくしてしまうのが恐かった。
 「そうか、じゃ早速始めよう」そう言って、碁盤の前に座り二つの碁笥(ごけ)を自分の所に引き寄せた。
 「碁の目的は、この碁盤の上に白と黒どちらの石をたくさん生かすことができるか、と言うことなんだ」
 「自分の石をたくさん生かしたほうが勝ちなんだ」草心は説明した。
 「たったそれだけ?」
 「そうだよ、たったそれだけのことだ。ものすごく単純なことなんだ。でもね、石が死ぬ事もあるんだ。宙太は得意だね、ブラックホールが1つだと碁では死ぬと言うんだ。ブラックホールのことを目と言うんだよ」
 「目が1つだと死ぬんだね」
 「そうだよ、じゃいろいろ話ばっかりするより、実際に打ちながらその都度説明することにしよう」

 宙太はさっと白石を取った。本来白は年上または碁の腕前の上手(うわて)が使う事になっている。
 草心はこの際、そんなことはいいかと思って黙って黒石を取った。
 宙太がバシッと第一手を打った。
 普通の打ち方とは逆だが、色々細かい事を言うより宙太が面白いと思うことの方が草心には大事だった。

 宙太は草心から見れば奇妙な打ち方だった。
 6の6から打ち始めた。
 草心は普通に隅の星から打った。
 お互いがそれぞれの隅の6の6と星を打ち合った。
 17手目宙太は天元に打ち、ひまわりの花のような形ができた。
 草心はそれぞれの星から一間にしまった打ち方だ。
 草心は宙太と勝負する気はない。
 詰碁の力は異常なほど強いとはいえ、まだ初めて碁を打つ訳である、勝負になるはずはなかった。

 宙太の実戦での読みの力を試すつもりで宙太の花模様の白の中に1手打った。
 宙太はにっこりと笑って草心を見た。
 そしてその1手に待ってましたと言わんばかりにバシッとつけて打った。
 草心も面白くなり宙太の石をハネた。
 それ以後、二人の石がぎしぎしと音を立てるように、力比べの戦いが始まった。
 草心は宙太の実践での力の目測を誤っていた。
 打ち進むにつれ、草心の石にはなかなか生きが見えない。
 碁盤の中央付近で20目にも及ぶ大きな石に生きるための有効な手段がなかなか見当たらない。
 まさか、初めて碁を打つ10才の少年に、県大会で優勝したこともある草心が石を取られるのだろうか。

 つづく