翔べ宙太(みちた)!29  一番強い人


 帰る途中、宙太は草心に尋ねた。
 「和尚さん、杉本さんも、江藤さんもどうして真っ赤な顔するの? 怒っているの? 俺悪い事しているのかなー」
 「いや、そうじゃないんだ。宙太がまだ小さいので、負けると恥しいんだよ」
 「俺、勝ったの? 白石の目を取るように打ってただけだよ。でもこの前の和尚さんと打った時は、和尚さんの石は取ったけど、和尚さんの石の方がいっぱいだったもんね」
 「そうなんだ宙太、碁は最後は自分の石をたくさん碁盤の上に生かした方が勝ちなんだ。こんな単純なことだけど、そこまでの方法が色々あって何が一番正しいか良く分らないんだ」
 「和尚さんは強いから、何が一番正しいか良く知っているよね」
 草心から『知っているよ』と言う言葉を期待している様な口調で宙太は尋ねた。

 「いや、そうじゃないんだ、和尚さんも良く分らないんだ」
 「今日宙太が打った杉本さんや江藤さんよりはほんの少しだけは分っているけど、分らない事がたくさんあるんだ」
 「じゃ、本当に分っている人はいないの?」
 「うん、本当に分っているという意味では、難しいなーまあ神様しか分らないと言うべきかも知れないなあー」
 「へえー、神様も碁を打つの?」宙太が驚いた口調で聞いた。
 「いや、いや、神様が碁を打つという意味ではなくて、すべてを知っていると言うことで神様と言ったんだ。人間はすべてを知っていると言うわけにはいかないんだよ」

 「じゃ、人間の中で一番は誰なの? 和尚さんは何番目なの」
 「いや、いや、和尚さんは・・・和尚さんより強い人はもう数え切れない位いっぱいいるよ。でも一番となると、昔では、宙太が棋譜を並べた道策とか丈和とか秀策とかいるけど、誰が一番かとなるとなかなか難しい。でも今の専門家で一番となると、何と言っても大空名人だろうな」
 「専門家ってなあに」
 「専門家って言うのはね、それを仕事としている人だよ。宙太の父ちゃんは漁師だ、船に乗って漁をとるのが仕事だ。和尚さんはお寺で仏教を教えるのが仕事だ。それと同じ様に碁を打つのが仕事なんだ」
 「ああそうか、三星サロンの杉本さんや江藤さんみたいな人だね」
 「いやいや、あの人達は違うんだ、あの人達はみんな楽しみで打っているんだ。碁が大好きなだけなんだよ。もっともっと碁がめちゃくちゃ強い人達がたくさん居るんだ。その中でも大空名人は一番なんだ」
 「和尚さんより、どの位強いの? 大空名人は横綱だよね、和尚さんは関脇位」

 宙太は興味津々(きょうみしんしん)といった目つきでしつこく聞いてきた。
 草心は内心しめしめと思った。
 「とんでもない。大空名人は、大横綱だけど、和尚さんは一番下の序ノ口のその中の一番下だよ」
 「へー、そんなに強いの名人は! どうしてそんなに強いの? 俺は和尚さんはものすごく強いと思っているけど、どこが違うの? どうしてそんなに違うの?」
 宙太の強い口調に草心はたじたじになった。
 「何所が違うか、宙太、本当は和尚さんも分らないんだよ。でも・・・・」
 草心は困った様な顔をした。

 宙太はいけない事を聞いたのかと思った。
 草心はじっと宙太の目を見た。
 宙太も草心が何か言うかもしれないと、じっと草心の目を見た。
 「でもね、宙太、和尚さんの言う事を良く聞け」
 「うん」
 草心は少しもったいぶった言い方をした。そしてゆっくりと一番大事な核心を言うべき時はこの時とばかりに話した。
 「大空名人がどうして何故一番強いか、宙太だったら分る様になるかも知れないよ。宙太がこれから、碁が大好きになって勉強すれば、きっとその秘密が分るかもしれないよ」

 宙太はじっと草心の目を見たまま動かなかった。
 大空名人ってどんな人だろう、どんな碁を打つのだろう、和尚さんはどうして『宙太だったら分る』と言ったんだろう。

 つづく