翔べ宙太(みちた)!B 権との決闘


 宙太の家に近づいてきた頃、キャンキャンというけたたましい犬の鳴き声が聞こえた。
 「あッ、ジュピターだ!」あきらかに何か異常なことが起きている。
 「初ちゃん、急げ」宙太は走り出した。
 「宙ちゃん、待って」初恵はもたもた走りながらついて行った。
 宙太は初恵を置き去りにして一目散に走って行った。

 またも悪ガキ3人が宙太の家まで行って、玄関の横につながれているジュピターをいじめていた。
 3人は棒でジュピターをこずいたり、頭をたたいたりしている。ジュピターはつながれているため逃げる事もできず、左右に動きながら、キャンキャン鳴くだけだった。
 権はヘラヘラ笑いながら子分二人に命令して、ジュピターをいじめて喜んでいた。
 腕組みしながら犬小屋に腰掛け、「もっとやれ、手加減するんじゃないぞ!」と二人の子分に命令していた。

 宙太はその光景を目撃した。
 「危ない! ジュピターが殺される!」宙太は夢中で走った。
 「やめろ!」そういうやいなや、宙太は犬小屋に座っている権めがけて飛びかかっていった。
 飛びかかると同時に権の襟首をつかまえた。その勢いで権はもんどり打って仰向けに倒れた。
 権は、しこたま腰を打って一瞬動けなくなって、「うーん」とうなった。
 襟首をつかんだまま、宙太は権の上になって「やめろ」とさらに大声で叫んだ。
 上になって、襟首をつかんでいる手を離すと、右のこぶしと左のこぶしで権の顔を夢中でなぐった。
 権はそのまま動かなくなった。

 子分の二人は、その宙太のあまりにもはげしい行動にたじろいで、ジュピターをいじめている手を止めて、二人の様子をじっと凍りついたように見ていた。
 動かなくなった権を見て、宙太は立ち上がり、振り向いて凍りついている二人をにらんだ。
 宙太はものすごい形相で背で息をしていた。
 宙太は二つのこぶしをしっかりとにぎりなおしてボクシングのように構えた。
 「何をするか!」「こい!」宙太は二人に言った。
 凍りついたまま二人の足は、こきざみに震えていた。
 二人はやっとの思いで顔を見合わせて、「俺達が悪いんじゃないよ!」「ごんの命令でやったんだから!」といいながら走って逃げ出した。
 悪いのはすべて権のせいにした。

 権がやっと「うーん」と言いながら、起き上がろうとしていた。
 この騒ぎに気がついて近所の人たちが5〜6人集まってきた。
 「ゴン、お前は何をしたんだ。」お寺の住職をしている草心が言った。
 日頃からゴンの悪評は高かった。皆は権の事をゴンと呼んでいた。本当はケンと言うのだが、悪ガキだから、いつしかゴンと呼ばれるようになっていた。

 「何もしてないよ、こいつがいきなり飛び掛ってきたんだ」
 「何を言っているんだ、おとなしい宙太がいきなりそんな事をする訳が無いだろう。よくよくのことがあったんだ」隣のおばさんが言った。
 「そうだ、そうだ」周りの人達が言った。周りは皆、宙太の味方だった。

 そこへ初恵が、はあはあと息をしながら掛けてきた。
 「宙ちゃん、大丈夫?」初恵が言った。
 「初ちゃん、何があったんだ」草心は尋ねた。
 「ジュピターがキャンキャン鳴いていたの、それで宙ちゃんが走って帰ってきたの」初恵が言った。
 草心は犬小屋の横に捨ててある棒を見て大方の見当がついた。
 「そうか、ゴン、お前は宙太が可愛がっているジュピターをさんざんいじめたな」ゴンに言いながら、草心は宙太の方を見た。
 宙太は「うん」と小さくうなずいた。
 「ゴン、あやまれ」草心はゴンの襟首をつかんで宙太の前に立たせた。
 ゴンはうなだれたまま、黙っていた。
 「あやまれ」草心は襟首をつかんだままぐいっと前に押し出すようにしながら、さっきよりも大きな声で言った。
 ゴンはよろよろと前にのめったその勢いで、つかまえられた襟首を振り切って逃げ出して行った。
 「しょがないやつだ」草心は言った。

 「宙ちゃん、よくやったね。それにしても日頃おとなしい宙ちゃんが、あの評判の悪ガキをよく退治したね」
 さっきのおばさんはしきりに宙太の勇気に感心していた。
 宙太はやっと落ち着きを取り戻した。そして、さっきの自分のやったことが、何か夢の中の出来事のような気がしてきた。
 人に対しては自分の気持ちさえハッキリとは言えない自分が、あの悪ガキのゴンに勝てる訳がないのだ。いつもできる事なら一度でいいから、やっつけてやりたいと思っていた。そういう気持ちがあったから、きっとそんな夢を見たんじゃないかと、そんな気がしていた。
 でも周りの大人たちの言葉を聞いているうちに、これは夢ではなく本当に自分がやったことだと分ってきた。
 「宙ちゃん、怪我なかった。ジュピター血がでているよ」初恵が弱々しい口調で心配そうに言った。
 はっとして、宙太はジュピターの側によって、血が出ている右足を取って、自分のハンカチでそっと血を拭いた。
 「早く消毒しなきゃ」「骨は大丈夫かい」「かわいそうね」「悪いやつだよ、本当に」口々に周りの大人たちが言った。