翔べ宙太(みちた)!30  大空名人


 宙太はその夜夢を見た。
 ジュピターと二人で高い山を登っていた。
 「ジュピター、随分高い所まで登ったな。見ろ、遠くに森が見える。田んぼがきれいに並んでいるね、碁盤みたいだ。ほら、家があんなに小さい、碁石みたいだ」
 ジュピターがワンワンと鳴いた。
 道はずっと上まで続いていた。上のほうはかすんでよく見えない。
 ふっと気が付くと、和尚さんがほんの少し上の方で碁を打っていた。じっと考え込んでいた。宙太は近づいた。
 「和尚さん、こんな所で碁をうっているの、誰と打っているの?」
 「宙太、和尚さんは今苦しい」
 あんなに強い和尚さんが苦しんでいる。相手は大空名人かなと宙太は思った。

 「あなたは大空名人ですか?」宙太の言葉に「とんでもない」その人は笑って答えた。
 「俺、大空名人に会いたいんです。どこへ行ったら会えますか?」宙太は尋ねた。
 「大空名人に会いたかったらもっと上に行かなきゃだめだよ」
 「上に行けば会えるの?」
 「さあ、会えるかどうかは分らないけど、とにかくこんな所にいては会えないよ」
 その人は答えた。

 「和尚さん、一緒に上に行こうよ、大空名人に会いに行こうよ」
 宙太は碁を打っている草心の手を引張った。
 「宙太、和尚さんはこの碁に勝たないと、これより上には行けないんだ。和尚さんのことはいいから宙太一人で登って行きなさい。きっと会えるよ」
 草心は優しく言った。
 けれども宙太は草心に突き放された様な気がした。
 じっと草心を見ていた。
 「宙太、宙太はもっと上まで登れるから登らなきゃいけないんだ。和尚さんは宙太がここまで登ってくるのを今まで待っていたんだ。でもこれからは宙太一人で登るんだ」
 「早く行きなさい」草心は強い口調で宙太を叱咤(しった)する様に言った。

 「うん、ジュピター行こう」寂しそうな顔して宙太は登り始めた。
 随分登った。
 和尚さんが下の方に小さく見える。先ほど見た大きな景色が小さくなって、さらに大きな景色の中の1つの点になっていた。
 「こんなに広いのかー」宙太は、ため息をついた。
 先ほど見えた森や家は小さすぎて見えなくなっていた。
 道はさらに上まで続いている。あそこまで行けば、この広い景色もまた小さな点になるのか。宙太は途方もない気持ちになった。どこまで続いているんだろう。山の頂上はまだ見えなかった。


 夢から覚めた。夢の中の男の言葉を思い出した。
 「そうだ、草心和尚さんに聞いてみよう」宙太はそう思った。
 大空名人に会いたい気持ちが一段と強く感じた。
 宙太が朝食を取っている時、電話が鳴った。
 「俺がでる」「はい、力田です」
 「宙太、お早う」
 「和尚さん、お早うございます」
 「宙太、今日学校が終ったらお寺においで、宙太と一緒に見たいテレビがあるんだ」
 「えっ、何ですか?」
 「うん、大空名人がテレビに出るんだ、4時から。宙太は大空名人を見たいだろう」
 「えー名人が出るの、俺行く」
 「じゃー待ってるよ」
 「はい」

 「名人って何のこと?」母が尋ねた。
 「碁の名人だよ、一番強い人だよ」
 「一番強いってどの位強いんだい、和尚さんもとっても強いっていうじゃないか」
 「うん、名人は横綱だよ。和尚さんは一番下の序の口の一番下だって」
 「へえー、そんなに強い人がいるのかい?」
 「そうだよ、俺、大空名人に教わりたいなあ」
 「何言ってんだい、あんなに強い和尚さんが序の口の一番下なんだろう、宙太は名人がふーと吹けばビューンって飛んで行ってしまうじゃないか」
 「ヘヘヘー母ちゃんきついなあー」
 宙太は頭をかきながら笑った。

 「でもね、母ちゃん、和尚さんがね、宙太は大空名人の碁が分る様になるかも知れないって言ってたよ」
 「へえー、和尚さんがそんな事を言ったの」
 「大空名人が今日4時にテレビに出るんだって、和尚さんが一緒に見ようって」
 「そうかい、行っといで」
 「うん」

 つづく