翔べ宙太(みちた)!33  〜調和ある自然観と不協和な自然観察〜 名人の碁は、種の意志の力がみなぎっている


 名人もニッコリ笑いながら「そうです、遊戯です」と答えた。
 「碁は遊戯ですか」再び司会者が、ため息交じりに繰り返した。
 日之輪教授は真剣な顔つきで、そして、確信に満ちた表情できっぱりと「そうです、碁は遊戯です・・・・神の遊戯です」と言った。
 しばし沈黙が続いた。

 教授は静かに話し出した。
 「碁は神の遊戯です。したがって本来、人間には手におえないものなのですよ。なぜなら碁の深遠さもさることながら、人間はその理性の他に精神や心と言ったものがあります。それらが有るゆえにこれが仲々やっかいなものなんですよ」
 「そうですね、教授のおっしゃる通りです。これが仲々やっかいなものなんですね」
 名人が相槌(あいづち)をうった。
 そして名人は続けて「碁を打つ時、自分の打つ一手を、何をもとに決定するのでしょうか。私は若い頃、この問題が何なのか分らなかったんですよ。この一手は自分にとって有利になると思って、有利とまでは行かなくても、いいと思って打つ訳です。それに対して相手の打つ手を予測する訳ですが、相手だって自分にとっていいと思うから打つわけですよ。両方にいいってことは無い訳ですから、そうするとどちらかが間違っている訳ですね。どちらかが間違っていれば、一方が有利になるわけです。と言う事は自分の力で有利になったのではなくて、相手の間違いによって、有利になる訳ですよ。その様に考えをつきつめてゆくと、盤上に良い手は無いんですね。あるのは普通の手なんです。普通の手を打っていれば、二人で交互に打つ訳ですから何時までたっても形勢はお互いに五分なんですよ。でも最後はどちらかが勝つわけです。それは、相手がどこかで間違ったから勝った訳ですね。勝つと言う事は自分の力で勝った訳では無いんです。相手が負けてくれたんです。そこが、私が今まで打ち碁集を出すのをためらった最も大きな理由でもあるんです」

 「さすが! 名人のお言葉です」教授が言った。
 そして教授は続けた「精神と心、この問題は人間にとって永遠の問題ですね。理性いわゆる考える力は、例えば科学技術は、少しずつ積み重ねてゆくものですから、どこまでも高く積み上げてゆく事が出来ますね。しかし精神、心と言われるものは、学ぶ事は出来ても積み重ねができないんですね。いつも一からなんですよ。これこそが人間が人間であるゆえんでありまして、人間を崇高(すうこう)なものにもするし、間違えば堕落(だらく)したものにもなるんですね。私は先ほど碁は神の遊戯と言いました。昔、神様は退屈なものだから宇宙と言う無限の空間で星を並べて遊んでいたんですよ。どんな並びにしたら、美しくなるかってね」

 名人も司会者もカメラマンも皆から笑い声がもれた。
 「今から、約2500年前にインドのある聡明な若者が高い山に登って修行を積んでいたんですよ。神の声が聴きたくてね。毎日々座禅を組み、瞑想をしていたんです。しかし何年経っても若者は神の声を聴く事は出来なかった。神はその若者に何も語らなかったんですね。若者は失望し嘆き悲しみ山を降りようと決心したんです。『神様、なぜあなたは私に何も語ってくださらないのですか』あふれる涙をぬぐおうともせず若者は夜空を仰いで叫んだのです。その時、若者の目には満天の夜空にまぶしいばかりに光り輝く多くの星がうつったんです。その瞬間、若者には全身稲妻に打たれた様な衝撃が走ったんです」
 ・・・・・・皆がじっと教授をみつめたまま聴いていた。
 教授は続けた。
 「神はそこにいたんですね。神は何千年も昔から饒舌(じょうぜつ)にすべての人々に優しく語りかけていたんですよ。若者は悟りました。ただその声を聴く魂の力が無かっただけなんです。若者はその時の感動を忘れない為に、無限の宇宙のいとなみを19本×19本のマス目の中に閉じ込めたんですよ。地球も有限、人生も有限だからです。有限の中にある無限の変化の中から神の心を汲み取ろうとしたんですね。若者がその様な思いに到ったことこそが、神様の意志であり導きなんですね」

 日之輪教授はさらに続けた。
 「石は種(シュ)です。種とはつきつめれば、DNAですよね。DNAの本質は自己増殖です。自己増殖とは進化ですよ。進化することこそが種の本質です。その青年は、この地球にあってすべての種が進化する為にはどうすれば良いかその真理は何かと言う事を、神の遊戯を模擬(もぎ)した道具を使って真理を汲み取ろうとしたんですね。何故全ての種なのか。それは、人間は全ての種の支えの上にあって繁栄できるものであるからですよ。人間という種は一番弱い種なんですね。ですから人間と言う種は地球上のすべての種の支えが必要なんですよ。従って碁とは、種と種の生存競争を摸擬化したものなんです。生存競争と同時に共存関係にあるんですね。従って自分の方の種だけ栄えようとすると、一挙にバランスがくずれて絶滅する事もある訳ですよ。だから本来勝った負けたを言うべきものではないんですね。共存こそが最も尊いものなんですよ。しかしそれを見ていた弟子達がまあ少し心がけが良くなかったんでしょうね。その本質を忘れて勝ち負けの面白さだけに夢中になったんですね」

 皆から笑いがもれた。
 司会者はこの教授の言葉に、さすがは、最高の哲学者は、独特の理論を持っているものだ、恐れ入りましたと言わんばかりの表情で、ため息まじりで「碁とはそういうものだったんですか」と言った。
 次に名人がゆっくりと話し始めた。
 「精神や心は戦う時はその人の武器にもなるし、またその人を弱くもするんです。先ほど教授がおっしゃた様に碁には汲めども汲み尽くせない程の真理が有る様に思えます。私の打ち碁に教授がおっしゃった様な種の進化の意志がいかばかりか感じ取られるか、見る人が見れば、分る訳ですが、そこのところのご批判が一番恐かったわけです」

 宙太はじっと食い入るようにテレビ画面を見つめていた。
 そして時々一人でうなずく様な仕草をした。
 宙太には少し難しい会話かなと草心は思ったが、何か少しでも感じてくれれば、それで良いと思っていた。
 食い入るほど見つめながら宙太は、いつしか自然と胸のところに手をあてて、何かを握り締めている様な仕草になっていた。

 「名人の碁は、種の意志の力がみなぎっています」
 日之輪教授は力強く言った。
 「有難うございます。教授ほどの方にそう言っていただいて、私も今やっと打ち碁集を出した心の迷いが吹っ切れました」
 皆から笑いがもれた。

 つづく