翔べ宙太(みちた)!35  草心と本格的な勉強開始


 「宙太、宙太」「宙太、終ったぞ」草心は凍りついている宙太に声をかけた。
 胸元をぐっとつかまえたままの宙太を見て「宙太、どうした、テレビは終ったよ」
 「あっ、和尚さん、名人は俺の名前を呼んだよ。どうして俺の名前を知っているの?」
 「えーっ、あっ、そうか、そうだね、名人になるほどの人だからきっとすごい霊感があるんだよ。宙太がこの前お父さんを助けたようにね」
 「フーン、・・・・そうかあー」
 草心は宙太の錯覚とは分っていたが、気まじめに答えて、あえてがっかりさせる事はないと思った。

 「宙太、何かにぎっているのか」
 「あっ、これはね、神様から貰った石だよ」そう言って宙太は首からはずして草心の前にぐっと差し出した。
 「父ちゃんが宝石屋さんに頼んで首から下げられる様にしてくれたんだ。お守りだからいつも着けていなさいって」
 「この前三星に行ったでしょ、その時も着けていたんだ。これを着けているとね、ドキドキしなくなるんだよ。俺初めての人とか場所へ行くとどうしてかいつもドキドキするんだよ。さっきはこの石を握っていたら、大空名人が俺に向かって話している様な感じがしてきたんだ」
 「そうか、神様との約束の石だからな。きっと何か力があるみたいだね」

 「宙太、大空名人の打ち碁集は買ってきてあるんだ。ほら」そう言って草心は分厚い一冊の本を宙太に見せた。
 それはずっしりとした、全三巻からなるもので三百局を収録してあった。
 「宙太、明日から、この本で一緒に勉強しよう」
 「うん・・・・でも俺に大空名人の碁が解るかなぁー」
 「うん、いや、解らなくていいんだ。ただ、感じればいいんだ。名人の碁を黙って並べていれば、そのうちにきっと何か感じることがあるんだ。それが大事なんだ」草心は言った。
 「ふーん、黙って並べるだけでいいの。並べれば感じるの」
 「そう、それだけでいい」草心はうなずく様に、優しいまなざしで言った。

 その日以来、いよいよ宙太と草心の二人三脚の日が始まった。
 名人の棋譜を並べ、草心と二人で検討し途中の色々な変化図を作り、一手一手の意味を理解していった。
 次の日は、草心と宙太の対局の日とした。
 宙太が3子置いた。対局の後は並べなおして、検討を行なった。
 くり返し、くり返しその様な日々が3ヶ月ほど続いた。
 そして宙太は草心に先で打てる様になっていた。

 宙太の力試しということで、1つの対局が組まれた。
 それまでは、駅前の三星には数回行っただけで、いつもは草心が相手をするだけだった。
 草心は宙太に自信を付けさせる意味で、いつも宙太の棋力を低めに設定していた。
 「宙太、今度の日曜日に三星で対局があるんだ。もうすぐ県の大会があるけど、宙太もそれに出てみるかな。その為の練習だ」
 「うん、いいよ、どんな人と打つの?」
 宙太は聞いた。
 「うん、和尚さんも相手は誰だか良く分らないんだ。三星の渡辺さんが宙太のために組んでくれたんだ」
 草心は宙太に先入観を持たせない為に、わざと知らないふりをした。

 相手は有岡琢也6年生で地元では天下の秀才として、有名な子供だった。
 4年生の時から2年連続で県の代表に選ばれ全国大会に行っている。
 学業においては体育を除いてオール5で地元では評判の少年だった。
 今年の大会も当然代表になるものと皆は予想していた。

 「楽しみだね、どんな人だろうね。俺、強い人は和尚さんしか知らないから、渡辺さんが組んでくれたんだったらきっと強い人だよね」
 「そうだね、きっと強い人だね」草心は言った。
 「どんな打ち方するんだろうね。新しい事、何か感じるかも知れないね。楽しみだなぁー」宙太は遠くを見るような目つきで言った。
 「そう、宙太、何か新しい事を感じればいいんだ。皆その人のいい物を持っているんだ。それを感じればいいんだ」
 草心は宙太のその様な率直なところをとてもいとおしく思っていた。
 そしてそれこそが宙太の驚異的な伸びの要因に違いないと思っていた。

 一週間ほど前、囲碁サロン三星で渡辺は有岡と話をした。  「琢也君、今度君と打たせたい子がいるんだけど、次の日曜日、どうかな?」
 「はい、俺は構いません。その人は中学生ですか、それとも高校生ですか?」
 「いや、いや、小学生なんだ」
 「えっー、同じ小学生ですか。6年生で私と打てる子は、この県にはいないと思いますが」
 「いや、6年生ではないんだ、4年生なんだよ」
 「えっー4年生、そんな強い子が4年生でいるんですか。今まで聞いたことがありません。何という子ですか?」
 「力田宙太というんだ。天道寺の草心和尚さんが教えているんだけどね」
 「去年県大会には出ていなかったと思うんですよ、名前は聞いたことありません。草心和尚さんは知っています。この辺りではかなう人はいませんね。俺も一度打ってもらいたいと思っていた人です。そんな強いのに去年はどうして大会に出なかったんですか」
 「いや、いや、去年はまだ碁を知らなかったんだ。今年春ごろ覚えたみたいなんだ」
 「春ごろといったら覚えて3,4ヶ月ってとこですか。そんな短期間に俺と同じくらいに強くなったんですか」
 琢也は驚いた。
 「俺と打って、どの位の力か試そうと言うのか」そう思って、少し不愉快な気持ちになった。俺だって4年生の時は既に始めてから3年位経っていた。しかも今よりは確実に2目は弱かった。それが、覚えて3,4ヶ月の2歳も年下の子とこの俺が打つのかと思うと冷静でいられなかった。

 つづく