翔べ宙太(みちた)!36  地元の天才児、有岡琢也との対戦


 「どうかな琢也君、打ってみるかな。君がいやならいいんだよ、無理には進めない。でもどうせ今度の県大会には出てくると思うよ。だからどういう碁か見ておくのもいいかなと思ってね」
 「はい、打ちます」
 「よし、今度の日曜日の1時からだ」
 「はい」
 琢也は今日まで、自信満々だった。三星サロンには、草心以外琢也に太刀打ちできる大人はいなかった。
 そういうことで琢也は主にネットの通信対局で腕を磨いていた。そこでは七段の登録であった。

 当日が来た。二人の天才少年の対決とあって、早くから多くの囲碁ファンが集まっていた。子供達も10人近く集まっていた。
 席亭の渡辺が口を開いた。
 「今日二人の少年に対局してもらうことになりました。皆さん良くご存知の有岡琢也君です」
 「もう一人の少年は力田宙太君です。天道寺の草心和尚さんに教わって、メキメキ強くなりました。力田君はまだまだ未知数です。琢也君とどの様な戦いになるか、楽しみです」
 「それでは、早速初めてもらいます。手合いは互先ということで、琢也君に握ってもらいます」
 琢也が握ると、宙太は黒石を1つぽんと置いた。琢也はすばやい手つきで二個づつ並べて一個余った。奇数という事で宙太の先番ということになった。

 「宜しくお願いしまーす」宙太は大きな声で挨拶し大きく礼をした。
 琢也は黙ってかすかに頭を下げた。
 『こんな小さな子と俺が互先の碁を打つのか。絶対に負ける訳にはいかない。全国レベルの強さを思い知らせてやる』琢也は思っていた。

 宙太の碁は戦いの碁だ。石が中央へとどんどん伸びてゆく、地がない。琢也はしっかりと確定地を確保しながら打ってゆく。
 『こんなに地がなくて、どうやって勝とうというのか』
 琢也は思った。  『この子は本当に強いのか。地が全く無くて、どうして澄ましていられるんだ』
 琢也は宙太の表情をチラッチラッと見ている。
 宙太は澄ました顔で碁盤をじっと見たまま打っている。時々顔を上げて遠くを見るようなしぐさをした。

 琢也は少しいらだって来た。
 『何だこの手は。こんなに地に甘く打って中央は全部自分のものだと言うのか。こんな模様、根こそぎ荒らしてやる』琢也は思った。
 そして激しい戦いが始まった。

 宙太は時々そっと胸に手をあてて、ギュッと握り締めていた。
 『この人やっぱり強いなあー』宙太は思った。
 宙太は一箇所から始まった戦いを少しづつ拡大して、全局的な戦いへと引き込んで行った。

 観客からは「ふー」というため息が聞こえた。どこがどうなっているのか、見当がつかない局面になって来た。
 じっと見ていた草心は宙太の勝利を確信した。
 序盤での白の地合いの有利さはいつの間にか吹き飛んでしまっていた。どこかの白が大きく破綻をしなければ、終らない様な乱戦の局面になっていた。
 『こうなったら、私でも敵わないかも知れない』見ていた草心はそう思った。
 草心だったらこの様になる前に、どこかの石をきっぱり捨て石にして、全体のまとめにかかるところであるが、琢也の場合はその辺のことが初手合いのため分らなかったのだ。
 宙太とがっぷり戦いになってしまった。

 琢也はしきりに首を左右に振っている。頭に手を当てて時々叩いている。息使いが荒くなってきた。
 『どうしたんだ、こんな年下の子供に俺が負けるのか』『そんなことがあってたまるか』
 琢也は思った。しかし一向に良くならない形勢にいらだっていた。

 『有岡君は仲々くずれない。いっぱいに打ってくる。強いなあ』宙太は思った。
 『可能性の大きい方に打てばいいんだ』宙太は思っていた。

 「二人ともよく打っているね」観客から思わず感嘆の声が上がった。
 「これが、小学生の碁か」「ただでは済まなそうだね」色々な声が聞こえてきた。

 琢也は辛抱しきれないといった風に「バシッ」と打った。
 宙太はじっと盤を見ていた。そして何を思ったか急に椅子を引いて席をはずした。
 そうかと思うと今度は椅子の上に立った。そしてまたじっと腕組をして碁盤を見下ろしていた。
 「宙太どうしたんだ」草心が尋ねた。
 「今、大事な所なんだ。俺背が低いから良く見えないんだ。立つと全体が良くみえるよ」
 皆がどっと笑った。
 しばらくじっと見て宙太は「よし」と言って、椅子を降りた。
 そして碁盤の前に立ったまま「バシッ」と打った。

 つづく