翔べ宙太(みちた)!C  父との約束


 知らせを聞いて、宙太の母親がいつもより1時間程早く帰ってきた。
 「宙太がゴンちゃんをやっつけたんだってね」夕食の時、母親は少し嬉しそうに言った。
 宙太は黙っていた。
 「宙太はひっこみじあんで、ケンカなんか出来ないと思っていたんだよ。あのゴンちゃんには誰もかなわないっていうじゃないか。それなのに宙太がやっつけるなんてねー」
 母親は嬉しさを押し込めながらも、宙太の口から何か言葉を期待しているような口調で言った。
 「やっつけたんじゃないよ」宙太は不機嫌そうな口調で言った。
 「えーだってみんなすごいって、宙ちゃんは勇気があるっていってたよ」母親は言った。
 「やっつけたんじゃないよ」さらに強く不機嫌そうに宙太は言って、そのまま家の外に出て行った。

 辺りはすっかり暗くなっていた。
 小屋の中にいるジュピターをのぞいて、「ジュピター、こい」
 宙太はジュピターの繋がれているくさりをはずしジュピターをかかえながら、いつものように柿の木をするすると登って屋根の上に立った。
 そして、いつものように北斗七星を眺めながら、「とうちゃーん」と思わず口に出した。
 宙太の右には、いつものようにジュピターがちょこんと座っていた。
 いつもと違うのは、ジュピターの右足には痛々しそうに白い包帯が巻かれていた。
 「とーちゃん、俺守ったよ。ジュピターを守ったよ。悪い事したんじゃないよね」

 1ヶ月前、宙太は父親と約束した。父親が明日航海に出るという前の晩だった。
 ちょうど今夜のように、良く晴れた空に無数の星が輝いていた。
 「宙太、宙太はもうすぐ4年生だ。10才になる。10才といえば立派な男の子だ。父ちゃんは明日仕事に出る。今度は3ヶ月より少し長くなりそうだ。母ちゃんとまた2人だけになるけど、しっかり頼むぞ」
 「うん、今度はどこにゆくの」
 「今度は南のほうに行って、フィリッピン、インドネシア、マレーシア、その後は漁次第で早く帰って来れることもあるけど、場合によってはタイ、ミヤンマー、と行くかもしれんな」
 「いろんな国に行くんだね。俺、お土産欲しいなあ」
 「そうか、お土産ね。父ちゃん達の船は、水とか食べ物を仕入れに港に寄るけど、あんまり船から外に自由には出られないんだよーー。宙太は星が大好きだったね」
 「うん」
 「宙太が星を見ている時は、父ちゃんも船の上から、宙太と同じ星を見ているよ」
 「うん、あの北斗七星がいいな。北極星の上の方にあって、いつもどこにいても北のほうにあって一番見つけやすいんだよ」
 「うん、それに宙太はあの北斗七星が一番好きだからな」
 「うん」

 宙太は1ヶ月前、父親と2人で夜空を見上げながら約束した事を思い浮かべていた。

 宙太の父親の大介は、引っ込み思案で、気の弱い息子の事を心配していた。少しでも、強い心の少年になって欲しいという思いで、どう接すればうまく息子に伝えられるか、案じていた。
 「宙太、男の子は軽々しくケンカはするな。いやケンカはできなくったっていい、弱くてもいい、でも自分の大事なものを守らなければならない時、どうしても避けられない時は、勇気を出して戦え、自分が傷ついても勇気を出して、戦え。決して逃げたりするな」

 宙太はどうして父親がそんなことを言うのか、その時は分らなかった。
 でも何となく、男にはそういう時があるのかなと思った。
 父親がとっても大きくみえた。

 自分も父親のように、大きくなれるのかなと思っていた。
 とてもなれそうにないような気がしていた。

 「父ちゃんの言ってる事がわかった」宙太は北斗七星を見ながらつぶやいた。
 ジュピターにも気持ちが伝わったのか、ワンと一声鳴いた。
 大熊座の背中に座って、父ちゃんがにっこり笑いながら、宙太を見ているようにも見えた。