翔べ宙太(みちた)!42  宙太の腕前


 境内では、宙太とジュピターが走り回っていた。
 「やあー、力田君お早う」
 「あっ、校長先生お早うございます。二宮先生お早うございます」
 一通り挨拶が終ると早速碁を打つことになった。
 「よし、今日は力田君と思いっきり打つぞ」校長先生が力強く言った。

 黒番の宙太はスミから辺、辺から中央へと大きく構えて、白の打ち込みを待つような形をとった。大空名人の碁を並べる様になって、全体のバランスがよくなり、以前のような中央一辺倒の打ち方ではなくなっていた。
 校長先生はその温厚な人柄に似ず、意外にも力戦家だった。30手位を境にお互いに一歩も引かない戦いが始まった。
 宙太は真剣なまなざしで碁盤を見つめていた。
 校長先生が「うー」と言いながら、話し出した。
 「力田君は力が強いと聞いてはいたけど、仲々のもんだ。いつの間にこんなに強くなったのかな」
 質問とも独り言とも取れる様な言い方だった。
 宙太はじっと碁盤をにらんだままだった。

 「大空名人はね、決めつけてないんだ」突然宙太が言った。
 校長先生と二宮先生と草心も宙太の突然の言葉に皆が「えーっ」と大声を出した。
 そして宙太の次の言葉を待つように3人がじっと宙太を見た。
 「大空名人はすごく変化が自由なんだ。どんなにでも変化できるような打ち方だよ。石全体が生き物みたいに気持ちを持っている感じなんだ。俺、名人のそんなところを真似しているだけなんだ。でも仲々難しいね。気がつかないことがいっぱいあるよ。名人はすごいよ」宙太は碁盤を見つめながら話した。

 3人はお互いに顔を見合わせて苦笑した。
 校長先生は「力田君の言うとおりだ。名人の碁は先生も勉強しているけど、本当に自在に変化するね。あれほどの碁は勿論打てないけど、気持ちだけはとらわれない自由な碁を打ちたいね」
 「はい、そう思います」宙太は校長先生の目をじっと見て言った。

 草心は二人の碁をじっと見ていた。
 校長先生も強いと思った。きっと若い時、熱心に碁を勉強したに違いないと思った。
 校長先生が碁に理解があれば、宙太にとってもいいことだし、また宙太の小学校で他の子供達にも広く碁を教えてゆけるかも知れないと思った。

 局面はますます紛糾していった。
 必ずしも宙太が優勢とは言えなかった。
 これからどうする、草心は宙太の力を試すいい局面だと思った。
 宙太は自軍の一番弱い石に一着手を入れて、同時に一定の地を確保して白との地合いのバランスをとった。
 今強襲しても利が無いと判断したのだ。この辺りが名人の碁を並べて攻め一辺倒から少し進歩したところであった。
 草心はその手を見て、確かな成長の手ごたえを感じた。

 校長先生は『しまった!』と言うような顔をした。
 そして『そうかー』と独り言を言った。
 その手を境に白は少しずつ遅れていった。
 黒は少しずつ全体が整っていった。白を強く攻めるわけでもなく、黒は地を囲うわけでもない。
 自軍をしっかりと補強し、白にも補強を催促している。そして少しずつ局面が黒に傾いていった。

 「この子は勝ちたいと思う気持ちが無いのか、こんな幼くしてどうしてこれほどバランスの取れた落ち着いた手が打てるのか」校長先生は思った。
 校長先生の考える時間が少しずつ長くなっていった。
 宙太は碁盤をじっと見つめたままたんたんと同じペースで打っている。
 「この子は強い、そして正確だ。いや正確と言う以前に欲が無い。勝ちたい気持ちが全く感じられない。このまま打ち続けても、私にはチャンスはきっと来ないだろう。この子が失着をするとは考えられない。このままずるずる打ち続けるのは意味が無い。力田君の力は十分に感じ取った」校長先生は思った。

 「力田君、良く打ったね。君は強い、先生の負けだ」校長先生が言った。
 それまで碁盤を凝視していた宙太は顔を上げ、校長先生の顔を見てニッコリと笑った。
 草心は宙太の進歩を感じ取って嬉しかった。あと2週間しっかりと特訓すれば、この子の感性はさらに飛躍する事は間違いなかった。

 対局後の感想もそこそこに草心が言った。
 「校長先生、こんなこともめったに無い事ですし、母がどうしても校長先生にご馳走するんだと言ってささやかな食事を用意していますので、どうぞこちらへ」
 「いやーどうも恐縮です。それじゃお母さんのご好意を遠慮無くお受けいたします。二宮先生一緒にいただきましょう」
 「はい、ありがとうございます」
 「宙太、宙太も一緒に食べよう。お腹すいただろう」
 「こちらへどうぞ」
 そう言って、4人は居間の方へ行った。

 「わあー肉じゃがだ。リマ婆ちゃんの肉じゃがは最高だよ。校長先生、リマ婆ちゃんの肉じゃがは特別美味しいんだよ」
 「そんなこと言ってくれるのは、宙太だけだよ、嬉しいね。校長先生、田舎料理で口に合うかどうか、分りませんけど、どうぞ。草心なんかは坊主のくせしてまた肉じゃがか、とか文句を言うんですよ」
 「母さん、余計な事を言わなくてもいいよ」草心が言うと、皆笑った。

 つづく