翔べ宙太(みちた)!44  九州代表を決める福岡大会


 宙太の特訓は日増しに厳しくなっていった。
 草心との実戦、その後の検討、次の日は大空名人の打碁の検討、そのくり返しであったが、初めのうちは一日2時間から始まり、後半は一日3時間になっていた。
 特に最後の土、日の二日間は、一日8時間、朝の9時から始まりリマ婆さんの手作りの昼食をはさんで、夕方6時迄続いた。
 宙太は弱音ひとつはかず、異常なほど集中していた。
 何が何でも東京に行くんだと言う気持ちが現れていた。
 草心は東京、大阪の二人の天才と宙太を何としてでも戦わせたかった。
 それにより宙太はさらに飛躍することは当然であるが、それ以上に宙太がその二人に引けを取るとはどうしても思えなかった。
 いや、むしろ二人と戦う事により、宙太が二人以上の本物の天才であることの証明になるかも知れないと思ったのだ。

 草心は思案した。特訓の前に宙太に本気を出させる為にある約束をしていたのだった。
 草心は本業を忘れて宙太との特訓に打ち込んだ。
 宙太はこの2週間でまたいちだんと進化した。

 九州代表を決める福岡大会の当日が来た。
 宙太は草心と二人、博多駅に降り立った。
 草心は一つだけ気がかりな事があった。
 どう伝えたらいいものか電車の中でずっと考えていた。
 三星での琢也との対戦の時の様に、潔(いさぎよ)すぎる投了をしてしまうのではないかと言う点だった。
 草心との特訓の時もそうだった。
 負けと分ったら潔く投了する、それは良い、碁の礼儀として、いつも草心は厳しく言っていた。
 だが、勝負には、潔さだけでは済まされない要素もある。
 正々堂々の戦いを教えながらも、相手の失敗に拾った勝ちも結果としては勝ちである。
 特に大会では勝たなければ、どうにもならないのだ。

 「宙太、宙太は強くなった。だから今までお尚さんと打っている様な碁が打てれば、絶対大丈夫だ」
 「うん」
 「でも1つだけ言っておく。もし、もしもだよ」
 「うん」
 「もし、何かの弾みで形勢が悪くなっても、例えものすごく悪くなっても絶対にあきらめるな、どんな碁でもチャンスは必ず一回はある。そのチャンスをじっと我慢して待つんだ。これは決して卑怯(ひきょう)なことでは無いんだよ。戦いなんだから始めから終わりまで、ずっと優勢のまま行くなんて事は無いんだよ」
 「うん」
 「だから逆に反対でも、例え自分がどんなに優勢でも相手もそう言う気持ちで頑張ってくるから決して油断してはいけないんだよ」
 「うん、わかった、騎馬戦でもそうだったもんね。地面すれすれに着きそうになっても、相手にしがみついて我慢すれば、逆転することもあるからね。俺あきらめない、絶対に東京に行くよ、お尚さん約束だよ」
 「うん、約束だ」

 草心はほっとした。宙太の感性で勝負の機微(きび)をしっかり掴み取っていた。

 会場は熱気に包まれていた。
 32人によるトーナメント戦の大きな表が貼り出されていた。
 付き添いの父兄や関係者で100人以上が集まっていた。
 5回勝てば、優勝だ。
 晴れて九州代表に選ばれる。
 一回戦、宙太の相手は下岡英世(福岡大宮小6)と書いてあった。
 草心はまずいと思った。
 この大会の優勝候補二人の内の一人だ。
 碁の強さもさることながら、試合巧者との評判だ。特にここ一番に強い。
 この大会で優勝したら、東京でプロ修業に入ると言う噂がある。
 一回戦でこの大会最強と言われる子と当る。草心は少し暗い気持ちになったが、宙太にさとられてはまずいと思って、努めて平静をよそおった。
 反対の山にもう一人の優勝候補に挙げられている小山信吾(鹿児島森内小6)がいる。この山からは順当に行けば小山と有岡琢也が準決勝で当たり、その勝者と宙太もしくは下岡という予想が立つ。草心は一回戦が決勝戦だと思った。

 「会場に集まった小学生の皆さん、日頃鍛えた力を思いきっり出しましょう。勝っても負けても、悔いの残らないように全力で戦いましょう」
 審判長の挨拶が終わり試合が始まった。
 握って、宙太の黒番となった。
 「お願いしまあーす」宙太は会場いっぱいに響く大声で言った。
 周りの大人たちから笑いが漏れた。
 相手の下岡は小さく頭を下げて小さな声で「お願いします」と言った。
 下岡は緊張していた。
 草心は宙太から少し離れて宙太の顔の見えるところにいた。
 碁盤は見なくても、宙太の表情が分れば、内容も推測がつくのだ。
 対局は順調に進んでいった。
 形勢不明のまま、中央の戦いへと移って行く流れになって来た。
 宙太の得意とする碁形だった。

 50手を越えた頃、宙太はふと草心を見た。
 それまでそこにじっと立っていた草心が見当たらない。
 宙太は草心を目で探した。周りをぐるっと見回しても、見当たらなかった。
 宙太はふと、不安な気持ちになった。草心がそこにいるだけで、何となく安心感があったのだ。
 「お尚さん、どこに行ったのだろう」そう思った時、バシッと相手の打つ音がした。
 宙太は相手の次の一手は当然ここに違いないと予想していた。
 その予想に従って次の一手をバシッと打った。打って手を離した瞬間「あっ」と大きな声を出した。

 つづく