翔べ宙太(みちた)!47  九州大会 決勝戦


 決勝の相手は鹿児島の小山だった。
 「宙太、決勝の前に1つだけ言っておきたいことがあるんだ。それで呼んだんだ」
 「うん、なあに」
 「小山君の碁はね、やたらに気合のいい碁だ。しかも早打ちだ。それで大抵の相手は自分のペースを乱されて、ガタガタになるんだ。有岡君も途中まではしっかり打っていたけど、最後に乱れてしまったんだ。でも宙太、読みの力は宙太の方がずっと上だ。小山君は乱戦に強そうだけど、細かい所の正確な読みは無い。読みでは宙太は負けない。だから宙太は堂々と迷わず自分の碁を打てばいいんだよ。相手の気合と早打ちに、ペースを乱されないようにするんだ。それだけ気をつけるんだよ」
 「ハイ、分かりました」

 「会場の皆様、今年の九州代表を決定する決勝戦の出場者が決まりました。
 佐賀県 諸富小学校4年生 力田宙太 君
 鹿児島県森内小学校6年生 小山信吾 君
 皆さん、二人に拍手をお願いします」

 握って小山の黒番となった。宙太は戦いの碁だ。戦いの碁は黒の方が良い。小山にとって黒はラッキーだった。
 小山は気合良く早打ちで、ほとんどノータイムで打ち進めてゆく。宙太も序盤同じ様なペースで打ち進めていった。
 大場、大場と打ち合えば、黒が大きく構えて、白に入ってきなさいと言う碁の形になる。入っていかなければ、大地がそのまま、まとまってしまう事にもなりかねない。
 宙太は少し考えた。深く入っていって根こそぎ荒らすか、浅く入って模様の張り合いを続けるか、または模様の消し合いに持ってゆくか、判断の分かれるところとなった。

 周りは黒山の人だかりとなった。
 大盤を使って会場の人が見られるようになった。
 係りの人が並べ始めた。作戦の分かれ目、宙太は考えた。
 宙太はしのぎより攻めが得意である。攻めの碁にもってゆくには、浅く黒模様に入って黒に受けさせ、白が大きな模様を張ることになる。そこに入って来た黒を白が強く攻める様な碁形に持ってゆく。宙太はその様に判断した。
 そして黒模様を浅く消しに行った。
 黒が受ければ、大きな黒の確定地ができる。

 今度は小山が考える番だ。小山はその石に受けもせず、攻めもせず、反対側の白石にキカシを打って来た。
 そのキカシに反発する形でそこから戦いが始まった。
 中央を消しに行った白石に手を抜いたのだ。
 戦いが始まると、小山はかく乱戦法に出た。大抵の相手はこのかく乱戦法でガタガタにされていたのだ。
 宙太は一歩も引かず、応じた。戦いはだんだん激しく中央へと拡大して行った。
 先ほど打った中央の白の一子が光り出してきた。
 明らかに白の優勢の形が出来てきた。

 小山はだんだんと必死の形相になって来た。
 『なんと言う執念だ』宙太は思った。
 『俺より何十倍も勝とうという執念が強い。俺は甘ちゃんだなあー』宙太は思った。のどが渇いた。
 「すみません」そう言って宙太は立った。冷たい水が欲しかった。
 給水所で冷たい水を飲んで、ホッとした。
 その時、「お兄ちゃん、負けるの?」幼い女の子の声がした。
 声のほうを見ると、粗末な服装の1年生位の女の子とその母親と思われる、質素な身なりの宙太の母親と同じくらいの女性が少し離れた所に立っていた。

 女の子は話し始めた「お兄ちゃん、真っ赤な顔している。負けそうなの? お兄ちゃん絶対勝って俺プロになるって言ってたよ。プロになったらカヨに何でも買ってあげるって言ってたよ」
 二人とも宙太には気がついていない様子だった。
 決して裕福な家庭とは思えない様な身なりをしていた。
 そういえば、小山の服装も古びたTシャツにつぎ当てがしてあったのを、思い出した。
 宙太の家庭は裕福と言うほどではないが、両親とも働いているし、日々の生活に困ると言う事は無かった。
 宙太は二人に気づかれないように、そっとその場を去って、対局に戻った。
 小山はさっきよりも真っ赤な顔をして碁盤をにらんだままだった。

 「お兄ちゃん」と小さな声が聞こえた。
 宙太は顔を上げて声のした右の方を見た。さっきの女の子だった。
 心配そうな顔をして今度は両手を胸の所で合わせて祈るような格好で小山の方をじっと見ていた。
 小山はそれに気づきもせず、じっと考えにふけっていた。

 『まいったなー、まさか、わざと負けてやるわけには行かない。そんなことは当然だ。』
 「バシッ」と音がした。気合を込めて小山が中央付近に打った。
 宙太はその手に瞬間に応じた。
 すかさず別の所へ小山は打った。そこは当然そう黒が打って来る所だった。
 「しまった」そう打たれて、宙太は気がついた。
 先ほど中央に気合いを込めて打った小山の石は、右辺の折衝(セッショウ)のシチョウ当りになっていたのだ。その右辺の変化は、それまではシチョウ白有利の変化を宙太は当然読んでいたのだ。
 その変化が根底から崩された。たちまち形勢は逆転した。
 「まいったなー俺は本当にドヂだなあー」宙太は今度は本当にまいった。

 会場はざわめき出した。
 先ほどの小山の妹の姿を見て気持ちがついつい散漫になったのだ。
 宙太は途方に暮れた。
 この碁をどうやって勝ちに持っていけばいいんだ。シチョウ不利の為、かなり譲歩した形でその場は打つしか無い。そうすれば、地合いでは10目以上足りなくなる。
 どうすれば、いい、宙太は力なくふっと左の方を見た。誰かに見られているような気がしたのだ。左のずっと奥の方を見た。
 人がきがいっぱいできている中で、わざとトンネルを作った様に遠くまで見えた。
 その一番奥に一人でじっと立っている少女がいた。
 窓からさす夕日が当ってその少女は輝いて見えた。両手を胸のところで合わせ、小山の妹と同じ様に祈りの姿で立っていた。
 宙太と目が合った。「初恵ちゃん!」宙太は思わず声を出した。

 つづく