翔べ宙太(みちた)!51  日之輪教授の講演


 日之輪教授の講演の日が来た。
 会場の体育館には平日の夜にもかかわらず、大勢の父兄でいっぱいだった。
 300席を超える椅子が全然足り無くて、あわてて用意して会場は400人近いお父さん、お母さんであふれていた。
 校長先生が挨拶した。
 「会場のお父さん、お母さん、本日は急な催しにもかかわらず、沢山来て頂きまして、ありがとうございます。先日福岡に仕事で来られた日之輪教授に急きょ来て頂きました。日之輪教授は先日、大空名人の出版記念の座談会でテレビに出演されたので皆様の中にもご存知の方は沢山いらっしゃると思いますが、日本を代表する哲学者であります。学生の頃からの私の友人でもあります。また良き碁仇でもあります。この度、わが校の力田君が囲碁の全国大会に出場するということになりました。いい機会ですから、子供達にとって碁はどういう良い影響を与えるのか。子供の教育という観点から見た場合、碁の果たす役割とは、どの様なものかを話して頂きたいと思います」

 日之輪教授は壇上に上がりゆっくりと話し始めた。
 「私の専門は哲学です。哲学と言えば皆様の中には、その言葉を聞いただけで頭が痛くなる方もいらっしゃると思いますが」
 会場からどっと笑いが起きた。
 笑いが静まるのを見はからって「哲学ほど、身近でやさしくて、そして役に立つ学問は無いんですよ」
 会場からは「エッー」という声がもれた。
 皆が意外な事を聞いたといった感じだった。

 「人間は物心ついた瞬間から哲学が始まるんですよ。子供には子供の、青年には青年の、大人には大人の、お年寄りにはお年寄りのそれぞれの哲学があるんです。哲学と言う言葉を使うからいけないんです。物のとらえ方とか感じ方、物事の処理の仕方とか言えば皆様に好かれる学問になると思うんですね。そう思ってこれからの話を聞いて頂ければ嬉しいですね」

 「例えば何の為に碁を打つのかと言う問題を考えた時に『私は○○の為に碁を打ちます』と言う答えは一様ではないですよ。当然です。百人いれば百様、千人いれば、千通りあっていいわけです。楽しみの為に打つということは成人であれば立派な答えですが、何の為に子供に碁を教えるのかと言う問いにはやっぱり正しい意識、堂々とした目的がなければならないと思います。『楽しみの為の碁を打つ』と言うことは子供にとっては目的であってはならないと思うのです」
 「それは、碁に限ったことではないと思います。例えば、野球やサッカーの様なスポーツでも絵や音楽の様な芸術でも、また数学や文学の様な学問でもそうですが、子供達は何の為にそれ等を『する』のか、また『学ぶ』という言葉が適切と思いますが、『楽しい』と言う事は目的に向かう為の手段の一つにすぎないのです。勿論最高の手段ではありますが」

 「碁を学んだ場合、子供といえども仲々上達しない訳です。中にはおそろしいスピードで上達する子もいますが、力田君みたいにですね、それはまれです。負けた時は悔しくて子供は良く泣きます。泣く子は強くなる場合が多いです。泣いたからと言ってやめる子はいないんです。側で親がその姿を見るのは辛く切ないことですが、その様な経験の積み重ねがとっても大事な事なんです」
 「昔は5才にもなれば、親の手伝いをさせられたもんですよ。男の子も女の子も、子供の教育ということはこの親の手伝いが一番いい教育だと私は思っています。しかし現代はこの親の手伝いが極端に少なくなった、これが現代の子供達の教育の一番の問題なんです。親の仕事を手伝うと自分達家族の生活の状態に直結するわけなんですよ。よく出来たら親父に褒められて嬉しい訳です。ダメだったら、こっぴどく叱られて、悔しくて悲しい訳ですよ。子供達はそれなりに、その時は必死なんです。その必死さが大事なんですよ。この必死の訓練の積み重ねこそが、生きた教育なんですね」
 「だから親の手伝いという行為がなくなった現代では、例えば色々なサークル活動に入って社会奉仕をするようなことはとってもいいことですし、17から18才にでもなれば、誤解を恐れずに言えば、軍隊にでも入れて鍛えるのがとってもいい訓練になる訳ですが、現実はそういうことは仲々出来ないわけですし、軍隊と言う言葉を使えば、使ったとたんあらぬ方向に話ははじけ飛んで行ってしまいますから、ここでは止めときますが、この様な必死の訓練が模擬的訓練にしろ、子供時代は絶対に必要だということですよ」

 「現代はこの必死の思いがあまりにも少なすぎるんです。自由が一番いいんだ、楽しめばいいんだ、子供達がキズつかない様にしてあげなければいけない、そういう様な一見優しいことがあまりにも強調されすぎているんですよ、現代は。私がどういうことを言いたいのか結論的に言いますと、命とは何でしょうか、命はつきつめれば、魂ですよ、タマシイとは何ですか、タマシイとはつきつめればDNAの集合体ですよ、何兆個というDNAの集合体が1つのタマシイを作っている訳ですが、DNAの本質は自己増長ですよ、生き抜いて自己を増長させようと言う意志の力がDNAの集合体にはあるんです。これは神から与えられた本能なんです、理屈ではないんです、本能です」

 「この本能の力を強くする事こそが成長すると言うことですよ。しかし、本能と言いますと例えば食欲や性欲ばかりが強くなるのが、何で『成長』と言うことになるのかと反論も有るでしょう。それを上手に制御できる様にすることが教育なんです。いわゆる教養を身につけ道徳心を養い、人との交わりや社会とのふれあいが良いものになってゆくんです。このタマシイの力は生き抜く力そのものですから、小さい時から楽な状態の中で生きて行くと強くならないんですね。それどころか萎縮してしまうんですね。危うい状態を克服しようという必死の思いがタマシイを強くするんですよ」
 「このタマシイが成長しないまま、大人になってしまうとどうなるかと言いますと、困難に出会った時には、逃避するしかないんです。弱いタマシイを守る為にはその危うい状態から逃げるしかありませんからね。時には相手を抹殺するしかないんですよ。弱いタマシイは戦えませんからね守る為には」

 会場は静まり返っていた。

 つづく