翔べ宙太(みちた)!52  小学生には


 「現代の教育は、いや、教育と限って言わないで、社会と言いますか、便利になりすぎ、自由になりすぎ、優しくなり過ぎ、この様なことでタマシイを萎縮してしまう方向に一直線にひた走っているんですよ。どこかでこれをくい止めなければいけません。子供達は自分のタマシイを強くする権利があるんです。タマシイのなえた様な親のエゴで子供のタマシイまで弱くしてはいけないんです。そこで何故囲碁かという話ですが、囲碁は静かな中に恐ろしく思考をめぐらしているんです。この中に囲碁に興味をお持ちの方は良くお解り頂けると思いますが、勝ちたい一心も手伝って必死になってその方法を考え、時にはじっと我慢したり、勇気を出したり、激しく精神を働かせているんです。だからそう言う経験が大事なことであって、勝ったとか負けたとかの結果、また技術が上達したということは二の次なんですよ。プロの養成期間でもない限りそんなことはどうでもいいことです。勝ちたい、生き抜こうと言う必死の思いをしたというその経験の積み重ねこそ価値があるわけです。碁だけじゃないですよ。先ほど言った他の分野のすべてにおいて言えることですが、碁は一番頭脳や精神の働きを模擬的に必死の感じを体験し易いということです。しかも皆様が一番嬉しいことに『安く』ですね」

 会場がどっと笑った。

 「そういうことを子供に親や教育者が教えるということですよ。ほっといちゃだめですよ、自主性を重んじることか何とか言って。それはある程度タマシイが確立してからですよ。まあ義務教育の間は張り倒してでも訓練する必要があるということですよ。まあ張り倒すと言うのは冗談ですけどね」
 日之輪教授は笑いながら締めくくった。
 会場からは一斉に割れんばかりの拍手が沸き起こった。

 「それでは皆様からの質問を頂きたいと思います」
 質問者が立ち上がって言った。
 「子供に手伝いをさせることはいいと思いますが、親が無理に押し付けることは子供の自主性を奪うことになったり、また子供の心を傷つけたり、時には子供の権利を奪うことにもなりませんか」

 「はい、良く質問して下さいました。その様なことは良く聞かれるんですよ。それでは私から1つだけ聞きますけど、子供の権利って何しょうか。ゲームをやる権利ですか、遊びに行く権利ですか、また授業をサボる権利でしょうか」
 「学校に行きたくても5才にもならないうちから家が貧しい為に鉄くずを拾わされたり、ゴミをあさったりして学校に行けない子がいるんですよ。一日働いても百円にもならない様なことをさせられている10才にも満たない子がいるんですよ。生きるためにね。まだまだ世界の後進国にはですね。子供の権利、子供にも人間としての尊厳があると言う話は、その様な子供の為にあるんですよ。小さい頃からひもじい思いをしたことの無い様な日本の子供達、誕生日になるとプレゼントを貰えると決まっている日本の子供達、母親が家事をやっている時、ごろごろしてテレビばっかり見ている日本の子供達、テレビにかっこいいオモチャや服や文具品が出るとすぐに買ってもらえる日本の子供達、そういう日本の子供達がゲームやりたいからとか友達と遊びに行きたいとか、そんな事を主張するのは権利じゃないんですよ。ただのわがままです。親はそういう子供の我がままに負けてはいけないんです。それこそひっぱたいてでも手伝いをやらせるべきです。そしてやり方をちゃんと教えて、良くできたら褒めてやり、おかげで助かった、時には生活がよくなったという様に子供には自分の力が家族の生活に役立ったという実感を味あわせるべきなんです。そういうことが生きた教育なんですよ。ただしこのような強制は小学校の間ですよ。物心ついてから小学校の間はどんなに厳しくても後で親がちゃんと愛情を持ってフォローすれば子供は耐える力を持っているんですよ。それが今は反対なんです。小学生のころ甘やかして、しつけがなってなくて、中学生になってから親は慌てて、そんな育て方をした覚えは無いとか言って、突然厳しくする。厳しく出来ない親はあきらめて放任する。だから子供がこわれるんですよ。子供と一緒に遊びましょうよ。夢中になって子供と一緒に笑い転げましょうよ。子供と一緒に悔しがりましょうよ。悪い事をしたら、時には本気で大声で叱りましょうよ。20点の子が40点取ってきたら『ワー2倍にもなった』と言って、大喜びしましょうよ。命令はやめて、忠告ばかりしないで、子供の声を聞きましょうよ。ハラハラしながらでも黙って見守りましょうよ。失敗したら時には一緒にオロオロ泣いてもいいじゃないですか。そういうことが子供と一緒に生活すると言うことですよ。ただそれだけでいいんですよ」

 日之輪教授の講演は多くの父兄に感銘を与えた。

 つづく