翔べ宙太(みちた)!53  ス−パーウルトラ特訓開始


 夏休みになった。
 ス−パーウルトラ特訓が始まった。

 まず、九州大会の1回戦と決勝戦の時の碁を並べた。
 そして、その時大失着を打った前後の宙太の気持ちを草心は知りたかった。
 宙太は率直に話をした。
 草心は黙って聞いていた。
 草心は何の意見も挟まず宙太の気持ちの動きをじっと聞いていた。
 宙太は気持ちを包み隠さず全部吐き出した。
 草心は黙ってそれを受け止めていた。
 ただ一言「そうだったのか」宙太をやさしい眼差しで見つめた。

 草心は「これでいい」と思った。
 さすが宙太だった。驚くほど率直に自分の気持を話した。
 これで宙太の心はさらに進化したと思った。
 『全国大会で同じ様な失態はもうないだろう』草心は確信した。

 大会までの2週間どう特訓をするか、草心は考えた。
 そして、あちらこちらと電話を掛けまくった。
 手帳にビッシリと予定を書き入れた。
 午前中は草心と対局した。
 その後、その一局の検討に対局以上の時間をさいた。
 午後からは大学へ宙太を連れて出かけることにした。
 草心は自分の囲碁仲間を総動員して、宙太の相手を選んだのだった。
 中学生から高校生、大学生まで宙太以上の棋力と思われる者12人を選んで、一日一人ビッシリと予定を組んでいった。
 まず、12人のうち最強と思われる者Aグループ3人、アマでも全国大会に出場するほどの棋力である。
 次に宙太より少し上と思われる者6人Cグループ、Cより上でAより下と思われる者3人、Bグループに分けた。

 まず最強と思われるAグループと対戦させた。
 草心の作戦だった。
 もしかして宙太の心に生じているかも知れない慢心のほんのわずかの芽でも有ったとしたら、今のうちにつぶしておかなければいけないと思った。
 初日、案の定宙太はふっとんだ。
 しかし最後の最後までぎりぎりの読みに読んで頑張った。
 だが、序盤、布石の段階での力の差は歴然としていた。
 中盤、戦いになった時点では、非勢は明らかだった。
 2局目も同じ様な感じで敗れた。

 帰る時はさすがに宙太は疲れていた。
 2局続けて大敗したことは今まで経験のないことである。
 「宙太、疲れたか」草心は少し心配になってきた。
 「大丈夫だよ、平気だよ、あのお兄さん達強いね」
 「うん、強いな。でもあと少しで、宙太が勝てそうな場面があったんだよ」
 「えーっ本当!」
 「うん、和尚さんには分る。碁はね負けると相手がものすごく強く感じるんだ。そんな時は絶対この人には勝てそうも無いという気がするもんなんだけどね。側で見ているとそうじゃないんだ。宙太が勝てる場面が1局目も2局目も1回はあったよ。力がつけば、その1回のチャンスが見えるようになるんだ」
 「えーっ本当」宙太の声が少し明るくなった。

 草心は宙太を励ますつもりで方便を言ったのだ。本当は全くチャンスは無かった。
 宙太は全く素直に受け止めて少しも疑わない。そんなところが宙太の特質だった。

 3局目は12人のうちの最強者だった。
 昨日までの布石が別人のごとく進歩していた。
 草心は目を見張った。
 相手の大学生は慎重に打ち進めて行った。
 宙太より大学生の方が少考し始めた。
 中盤の戦いになった。一歩も引けをとらず、互角に戦っている。
 「なんという子だ、前の2局でこれほどまでに成長したのか」草心は宙太の表情をしっかりと見つめていた。
 何の迷いも感じていない表情だった。

 形勢不明のまま大寄せに入った。
 寄せの力で勝敗が決まる局面になっていた。
 宙太が考え始めた。今まで堂々としていた表情に少しずつ迷いが感じられる様になった。
 草心は「そうかー」と思った。宙太は今まで寄せを打ったことが極端に少なかった。ほとんどが途中で勝敗が決していた。
 宙太の戦いの力を伸ばすことばかりに気を取られていたことに、草心は今ハッキリと気が付いた。
 『そうか、これからは寄せの勉強だ。まだ間に合う。この局を入れて10局、検討のときは寄せに重点をおこう。そして相手に対してどんな碁でも最後まで打つ様に頼んでみよう』
 草心はそう思った。

 つづく