翔べ宙太(みちた)!54  気が重い


 少しづつ差がついてきた。
 大学生は落ち着いた表情になって来た。
 宙太は苦しそうな表情をし始めた。しかし集中していた。しっかりと盤面を見続けながら最後まで集中が途切れる事は無かった。
 終って大学生の白5目勝ちだった。

 開口一番大学生は「宙太君良く打ったね。寄せに入るまでは、私は少し悪いかと思っていた。寄せで私が追いついた感じだったね。宙太君はこれから寄せを勉強すると、もう私より強くなるよ」
 「はい、ありがとうございました」
 検討は2時間に及んだ。
 中盤までは30分ほどで切り上げ、後の1時間半は、たっぷりと寄せの検討をした。
 草心と大学生の検討をしっかりと聞いていた。

 帰りの宙太は明るかった。
 3連敗は初めてのことだった。しかし今日の対局はしっかりと自分でも手応えを感じたのだろう、草心の心配を吹き飛ばすような元気だった。
 草心の方が逆にその姿に励まされたほどであった。

 草心は少しあせっていた。何と言っても、宙太の一番の弱点は実戦の数が少ない事であった。
 中身の濃い効果の上がる稽古が必要なのだ。しかし時間が無さ過ぎる。それをどう克服するか考えていた。

 夜、草心の所に東京にいる友人から電話が入った。
 関東代表を決める東京大会が行われるという。天田明を見ておいた方がいいのではないかという提案であった。
 友人は宙太のことも草心から聞いて非常な関心を持っていた。
 何かと細かな情報を草心に提供してくれていた。
 「そうか、そういう手があるのか。それは必要なことかもしれない。出来れば宙太も一緒に」と草心は思った。

 その頃宙太は疲れからか元気が無かった。
 夕食もほとんど食べずにごろんと横になっていた。
 母の恵美は心配で額を触ってみた。
 「少し疲れたんだね、大丈夫だよ、今日は早く寝なさい。少し熱があるみたいだけど、ゆっくり休めば明日は大丈夫だよ」
 「うん、少しだるい、もう寝るよ、母ちゃんおやすみ」
 ジュピターが気配を察して心配そうにヒューヒューと鳴いていた。

 その夜、宙太は熱でうなされながら、夢の中にいた。
 いつか来たことのある様な山の中腹に立って、ジュピターと一緒にハアハア言いながらも何か必死になって、急な坂道を登っていた。ふと気がつくと幼い女の子がしゃがんで泣いていた。
 女の子は粗末な服を着ていた。宙太は声をかけた。
 「どうしたの、どうして泣いているの?」
 女の子はその声に気がついて顔をそっとあげた。
 「お兄ちゃん、負けてしまったの、だからプロになれないの。プロになったらカヨに何でも買ってあげるって言ってたの、でももうダメになったの」
 『あっー小山君の妹だ』宙太は心で叫んだ。
 宙太は少し心にひっかかっていた。『俺は悪い事をしたのかな』ふと思う時もあった。
 宙太は声が出なかった。何と言って慰めていいか分らなかった。
 躊躇(ちゅうちょ)していた。

 その時高い空の上から声が聞こえてきた。
 「宙太、何を迷っているんだ」
 「あっ神様、俺、小山君に勝ちました。でも小山君と妹のカヨちゃんは辛い思いをしています。俺悪い事をしたんですか?」
 「・・・・・」神様は黙っていた。
 「神様、俺どうすればいいですか、教えて下さい」
 「宙太」「宙太は自分が負ければ良かったと思っているのか?」
 「いえ、負けると初恵ちゃんががっかりするし、和尚さんや二宮先生や校長先生も俺が勝って喜んでくれました」
 「宙太、自分はどうなんだ」
 「はい、俺もうれしかった」
 「宙太はどうしてうれしかったんのだ」
 「俺、ディズニーランドへ行けるから」
 「えっーディズニーランド?」神様は笑った。
 「そうか、宙太はディズニーランドへ行けるけど、その為に小山はプロになれなくて、カヨは好きなものが買ってもらえなくなった。それで宙太は気が重いのか」
 「えーっ、あっそうです。俺どうして気が重いのかはっきり分らなかったんです。でも今神様に言われて、気がつきました。俺がディズニーランドへ行くことより、小山君がプロになれないことのほうが、重いからです」
 「そうか、そうだな。でも草心和尚や二宮先生、校長先生、初恵ちゃん、さらに宙太の父や母にとっては、どの位重いことなのかな、宙太は考えたことがあるのかな」
 「・・・・・」宙太は声が出なかった。
 何と言っていいのか分らなかった。

 「宙太、宙太の周りの人たちは皆宙太をとっても大事に思って皆宙太に期待している。その期待に応えることと、小山がプロになることと、どちらが重いのかな」
 「・・・・・」宙太は皆の顔を思い浮かべた。
 「どちらも重いです。でも、神様、俺は、俺は、俺のことを大事にしてくれている母ちゃんや父ちゃんや和尚さん、初恵ちゃん、先生、皆の為に頑張ることが俺の役目だよね。小山君がプロになることは、小山君の問題だよね。俺と勝負して勝つとか負けるとかは、俺にはどうすることも出来ない問題ですよね、神様」
 「そうだ、宙太良く分ったな。小山の問題は小山が解決すればいい、宙太の問題は宙太が解決しなければいけないんだ。だからもし反対に宙太が負けたら、それは宙太の問題だ。人のせいでは無いんだよ」
 神様の声が消えた。

 つづく