翔べ宙太(みちた)!59  宙太、天田の棋譜を見る


 翌朝早く草心は宙太の家へ行った。宙太に早く会いたくていてもたってもいられなかったのだ。
 「お早う、宙太。元気になったかなー」
 玄関を開けるやいなや、大きな声で草心は叫んだ。
 宙太はたった今朝食を終ったところだった。
 「あっー和尚さんだ。お帰りなさい」そう言って宙太は走って出てきた。
 「宙太、元気になったな。ほらお土産だ」
 草心は煎餅の入った小さな包みを手渡した。
 「あーっ和尚さん、いいなあー東京タワーに行ったの」
 それは包みの包装紙に東京タワーの写真がデザインされたものだった。
 「えーっ、あっそれは羽田空港で買ったんだ。色んなところのお土産が空港のお店で売っているんだよ」
 「なんだ、そうかあーありがとう」
 「宙太、今日からまた特訓開始だ」
 「うん、着替えたらすぐ行く」そう言って宙太は奥へまた走って行った。
 「宙太、先に帰って待っているからな。用意が出来たらすぐにおいで」
 「はーい」奥で宙太の声がした。

 宙太はジュピターを連れて天道寺へ行った。ジュピターの声をいち早く聞いたミーがさっと床の下へ隠れた。
 ジュピターは広い庭を走り回った。
 「おや、おや、ミーちゃん久しぶりだね。ずいぶん大きくなったねー」
 リマ婆さんがまがった腰を伸ばしながら、宙太を見て嬉しくてニコニコしていた。
 「おばあちゃん、俺は宙太だよ。この間会ったばかりだよ。おばあちゃん元気そうだね」
 「そうだったかね。ちょっと見ないと、すぐ大きくなるね。わたしゃもう半年も経った様な気がするよ」
 「宙太、上がれ上がれ」草心は2枚の紙を持って境内の縁側に出てきた。
 「宙太、この碁を並べてみよう。東京代表は天田明君といってね、仲々強い。これは準決勝で、天田君の黒だ。こちらが決勝戦で天田君が白だ。私がゆっくり並べるから、宙太は流れを感じ取るんだ」
 そう言って、草心はゆっくりと並べ始めた。

 宙太は碁盤と草心が手に持っている棋譜を交互に見ながら、何故か落ち着かない。いつもの集中力が感じられなかった。
 30手ばかり並べたところで「大空名人の碁みたいだね」宙太が言った。
 「えーっ」草心は驚いた。たった30手位で宙太は天田の棋風を感じ取ったのか。
 昨日の天田の言葉と同じではないか。やはり宙太は天才か。
 「和尚さん、どうやって、こんなにきれいに棋譜を書いたの。大空名人の本と同じ様に印刷してあるね」
 「えーっ、ああそうか、宙太はこの棋譜の事を言っているのか」
 草心は宙太の言っている意味が分って笑った。そして少しがっかりした。
 「これはね、ワープロと言って、手順をコンピュータに打ち込んで、コンピュータの印刷機を使って作ったものなんだ」
 「ふーん、名人の本と同じだね。すごく強そうだね」
 草心は笑いながら「そうだね、きれいに印刷された棋譜を見ると、強い人が打ったみたいに見えるね」
 「でも問題は中身だ。良く流れを感じとるんだよ」
 そう言って再び草心はゆっくり並べた。

 宙太は今度はじっと碁盤を凝視したまま、身動き一つせず、見ていた。
 1局を並べ終わった。宙太の息遣いが荒くなっていた。
 「今度のは決勝戦だ。天田君は白だ」
 草心はまたゆっくりと並べ始めた。
 50手100手と並べるうちに宙太の息遣いがだんだんと荒くなってきた。
 まるで自分が戦って苦心しているかの様に見えた。
 並べ終わる頃は肩で息をしていた。
 「これで、終局だ」草心が言った。
 宙太はじっと碁盤を凝視したまま動かない。

 「宙太、宙太」草心は宙太の顔を覗き込むようにして言った。
 「宙太、たった2局だけど天田君の碁の感じがつかめたかな」
 宙太はスーッと顔を上げて草心をしっかりと見た。
 「すごい、すごい、すごいよ、和尚さん天田君はすごいね」
 「すごいか、そうか、どんなところがすごい?」
 草心はワクワクする心で宙太の言葉を待った。
 「星座みたいだよ。星はみんな本当はすごい早さで動いているんだ。でも自分一人が急ぐことはないんだ。自然に動いてもいつも周りと一緒で、崩れないんだよ」
 宙太の言葉に草心はじっと宙太を見ていた。
 宙太は続けた「風のような感じもするよ。俺上手く風にのれるかな。吹き飛ばされるかなあー」
 天田は宙太の事を、天かけるペガサスと言った。
 そして「ペガサスに振り落とされるかな」と言った。

 つづく