翔べ宙太(みちた)!61  もう一人の天才、一石有斗の棋譜


 「俺が全国大会に出ること、父ちゃん知っているのかなあー。知っていると嬉しいなあ。俺、父ちゃんの前で勝ちたい」
 そう言うと、宙太は草心の目をじっと見て真剣な顔になった。
 「和尚さん、俺、強くなりたい。強くなって絶対優勝したい。父ちゃんの見ている前で優勝したい」
 宙太の強い言葉に圧倒されて「うん、うん、うん、」草心はうなずくだけだった。
 宙太が今迄これほど必死に自分の気持ちを訴えたのは、初めてのことだった。
 草心は自分の責任の重さを“本当の責任の重さ”を初めて思い知らされた様な気がした。
 初めのうちは宙太の才能にふれて、ただ嬉しさの余り、少し強引と思えるくらいに引張ってきた。好奇心も多分にあったかもしれない。無邪気な子供が、ただ草心を慕う気持ちだけで、一生懸命について来た。
 その子が今、初めて自分の意志をハッキリと主張したのだった。
 今、宙太がこの様にあるのはすべて自分の責任と草心は思った。
 この責任を完結しなければ、そう思うと草心は、今目指している事の重大さに思わず鳥肌が立った様な思いがして身震いした。

 「うむ、大丈夫だ。優勝できる。宙太は必ず強くなる。そして父ちゃんの見ている目の前で優勝だ」
 「ほんと、和尚さん。俺できる」
 「うん、できる。必ずできる」
 「よし、始めよう」そう言って動き出したとき、「こんにちは! 草心和尚さんいらっしぃますかー。石丸でーす」
 門の方で声がした。

 何人か入って来た様な気がした。
 草心と宙太は声のする方へ行った。
 「おおー、石丸君、この間はお世話になったね」
 「いいえ、どういたしまして」
 先日大学で宙太と打った中で最強の石丸とその友人と3人連れで突然草心を訪ねてきたのだ。
 「突然ですみません。宙太君が熱を出したと聞いたもんですから、気になって・・・。それにどうしても見せたいものがありまして、一日でも早く」
 「あっ、この前のお兄ちゃん、こんにちは」
 「やあー、宙太君、元気になったかな」
 「あっ、この碁は宙太君が打ったのかな」並べられたままの碁盤を見ながら石丸が言った。
 「ちょうど良かった。さっき終ったところなんだ。皆で一緒に検討しよう」
 そう言って、草心は碁盤の方を見た。

 5人がぐるっと碁盤をかこんで座った。
 終ったままの石をくずし、草心と宙太は1手1手並べ始めた。
 3人の大学生はじっと見ていた。
 「ここで、こう打てばどう打つ」草心は宙太に尋ねた。
 そう言うわれると、宙太はさらさらと数手並べて「こうなると思う」その様なことをくり返しながら、検討は終盤に重きをおいて行なわれた。
 じっと二人の検討を見ていた大学生達は「ふっー」とため息をついた。
 『この前打った時より僅かの間に強くなっている。もう自分達が教えられる事はないのではないのか』石丸は思った。

 検討が終ったころあいを見計らって「実は草心和尚さん」石丸は言った。
 「今日お邪魔したのは、これを見て頂きたいと思いまして」
 そう言いながら、石丸は胸のポケットから、紙のようなものを「これですよ」と出して草心に手渡した。
 草心は受け取るなり、さっと広げてまじまじとその手紙を見ていた。
 「一石有斗!」草心は石丸の顔をにらみつける様に見ながら言った。
 「一石君の棋譜を手に入れたんですよ」
 「大阪の友人から今朝送ってきました。一石君も宙太君の碁を研究しているみたいですよ。この前の福岡大会のとき、やっぱり1回戦と決勝戦の碁ですよ」
 石丸の言葉に「そうかーありがとう。これはいい、これはいい」
 草心は興奮を抑えきれない声で言った。

 「一石有斗ってだあれ?」宙太は尋ねた。
 「うん、大阪代表になった子だ。その棋譜が手に入ったんだ。天田君みたいに仲々強いと言う噂だ。早速並べよう」
 草心が言った。
 「私が並べましょう。一通り並べてきたんですよ。宙太君良く見るんだ」
 石丸はそう言うと草心と入れ替わり、「準決勝の碁です。一石君の黒です」ゆっくりと並べ始めた。
 草心と宙太はじっと無言で見ていた。
 1局を並べ終わった。
 「もう1つの碁を並べて見てくれ」すぐに草心は言った。
 「宙太、続けてもう1局の碁を見よう。一石君の石の感じをつかむんだ」
 「うん」
 石丸はもう一枚の棋譜を並べ始めた。「決勝戦は一石君の白です」
 並べるのに従って草心の顔がだんだんと険しい表情になって来た。宙太は一石の碁をどう思っているのか、全く平気な顔で見ていた。
 2局目を並べ終わった。
 草心は碁盤を見たままじっと動かなかった。
 険しい表情のままだった。

 つづく