翔べ宙太(みちた)!62  リマ婆さんの一言


 「和尚さん、一石君の碁は光みたいだね」
 宙太は言った。その声にはっと我に返った草心は宙太を見た。
 「一石君の碁は光で宇宙の大きさを計っているみたいだよ。ものすごく正確だね。人間よりものすごく頭のいい宇宙人が碁を打っているみたいだね」
 その宙太の言葉に、草心は宙太の顔と石丸と他二人の大学生の顔をまじまじと見回した。
 「そうか、そう感じたか。宙太の言うとおりだ」
 草心は一石の碁を何と表現したらいいものか考えていた。
 草心の感性では、一石の碁は1手1手の大きさをすべて数値に置き換えて、大きい順番に寸分の狂いも無く並べて行くような碁であった。
 宙太の感性にはどう表現したら、上手く伝わるのか迷っていた。
 さっきの宙太の言葉を聞いて、それ以上の表現は無いと思った。
 3人の大学生も宙太の感性の鋭さとその豊かな表現に驚いてお互いに顔を見合っていた。

 「よし、これから1手1手見て行こう。この決勝の碁からやろう。相手も強い、一石君の気風がよくでていると思う」
 草心は棋譜をとって自分で並べ始めた。
 1手1手を並べながら草心には批評する所が見当たらない。この手でこう打てば、どうなる。仮定の変化図を作りながら、進めていった。
 中盤での変化図はさすがに宙太の独壇場だった。
 草心にも大学生達にも気のつかない様な一見筋悪でも、好手を良く見ていた。
 宙太の強さはすじや形にとらわれない自由な発想ができるところにあった。

 ヨセの勉強にはそのまま教材となるうち回しであった。
 その様にして、一石の碁を2局検討し終わった時には、夏の日差しもすっかりかたむき、境内の庭には木立の影が長く伸びていた。
 「強い」と草心は思った。
 「一石は強い。もしかして私以上」と草心は思った。
 「今の宙太では無理かも・・・・」
 草心は認めたくは無いが「勝てない」と言う言葉が脳裏から離れなかった。
 草心は大会まで、どう宙太を導けばいいものか思い浮かばなかった。
 天田となら宙太にもチャンスはあると思った。
 しかし一石はレベルが違いすぎる。あと1年後なら、とも思った。しかし1年経てば一石もさらに上昇するはずだ。宙太の才能も驚嘆すべきものとはいえ「世の中は広い、上には上があるものだ」草心は全身から力が抜けてゆく様な感じを受けた。

 夕闇の迫る中、5人は検討し終わった碁盤を見つめたままだった。
 「俺、一石君と打てるんだね。こんな強い人と友達になれたらすごいね、すごいね」
 宙太のはずむような、上ずったような声に、4人は我に返った様に顔をあげた。
 その時、境内にパチッと明かりが点った。
 「何やってんだい、電気もつけないで。目に悪いよ、ミーちゃんはまだ子供なんだからね」
 リマ婆さんの声がした。
 4人の深刻な気配を察してかリマ婆さんが続けた。
 「草心、外を見てみろ」
 その声に5人は一斉に境内の庭に目をやった。
 「あんなに影は長かけど、本当はあんなに低い木たい。相手ば研究すっとはよかこったっい。そんでん影におびゆっとはいかん」
 「相手ば知ることは、大事かことたい。でも本当の姿は簡単には見えんとよ」
 「そいよりも、一番大事なことは、自分を信じることたい。自分の力ば信じて無心で当れば恐かことは何も無かとよ」
 「草心、ミーちゃんの目の輝きば見よらんか。そん目に光がありさえすりゃ、そんでよかと」
 リマ婆ちゃん、久しぶりの説教だった。
 「母さん、母さんの言うとおりだね」
 草心は久しぶりに母親に説教された様な気がした。その通りだと思った。

 宙太を勝たせたい一心で、そのことばかりにとらわれすぎて、気持ちがいつの間にか小さくなっていることに、今はっと気がついたのだった。
 一石や天田から見れば、宙太の才能に驚いているかも知れないのだ。そんなことより今できることは、宙太の力を少しでも伸ばす事、それに徹することだった。
 「よし、明日から、また全力で打とう、宙太」
 「うん」
 「和尚さん、私達も打ちますよ。明日から変わりばんこで、宙太君と打ちますよ。今は1局でも色々な碁を経験した方がいいでしょう」
 石丸が言った。
 「そうか、そうしてくれるか、ありがとう」
 「宙太、大会まであと少しだけど、全力で頑張ろうな」
 「うん」  そうやって、残りの日数は草心と良き協力者に恵まれて、宙太の特訓が続いて行った。

 つづく