翔べ宙太(みちた)!64  宙太の壮行会


 大会に向けて出発の前日がやって来た。
 「やるだけのことはやった。あとは宙太の力を信じるだけだ」
 草心は境内の縁側に立ち、遠い日を思い出すように天道寺の門のそばの、大きな松の木を見ながら一人小さくつぶやいた。
 その夜は、天道寺で小さな宴が開かれた。
 リマ婆さんと宙太の母の手料理で、校長先生と二宮先生と初恵が招かれた。
 宙太の出発に際して壮行会を開こうと言う事で、校長先生の提案で行われる事になった。

 おいしそうないっぱいのご馳走を目の前にして、宙太はそわそわと落ち着かなかった。
 『ああ、肉じゃがだ。焼き鳥もある』初恵と二人、テーブルの前に座って、どれから食べようかとキョロキョロ見回していた。
 初恵はおとなしくじっと座っていた。
 「みっちゃん、もう少しガマンして」初恵がお姉さんの様な言い方をした。
 「うん、早く始まらないかなー」
 支度を終えたリマ婆さんと母の恵美が最後に揃った所で草心が話し出した。

 「今夜は、宙太君の壮行会を行ないます。校長先生と二宮先生、それに初恵ちゃん、来ていただいてありがとうございます。今夜はゆっくりと皆で、おばあちゃんと宙太のお母さんのおいしい手料理を食べましょう。それでは、乾杯しましょう」
 草心の乾杯で宴が始まった。
 「いただきまーす」
 宙太と初恵は早速嬉しそうに食べ始めた。
 「おいしいなあー」「おいしいねー」
 校長先生はゆっくりとビールを上げて「うーむ、おいしーい。この前の一本松での決闘は良かったねー」そう言って話し始めた。
 「あれ以来、うちの学校ではいじめが無くなったんですよ」
 「へえーそうですか」草心が驚いたような口調で言った。
 リマ婆さんと宙太の母は校長先生を見た。
 「子供どうしですからね、ケンカはあるんです。でも一方的にやられるってことが無くなったんですよ。立ち向かってゆく様になったんですよ。それに皆が加わって、どっちかが一方的に、弱い方がやれれる事がなくなったんです。ほとんど子供達だけで解決するんですよ。みんなでどっちが悪いという判断をするんですね」
 「時には私達にもハッキリ、ケンカと分る時には、中に入ってお互いの言い分を聞くんですね。そうして仲裁をするんですが、それでかたがつくんですね。その後に尾を引かないんですよ。だからいじめじゃないんですね。開放的にケンカする様になったんです。これは素晴らしいことです」
 「そうなんです」
 二宮先生が相槌を打った。そして続けた。

 「皆が自分も勇気を持つんだと思ったんですよ。腕力のあるのが、強いんじゃない。勇気のある者が本当の強さだと皆が思ったんですね、あの事件以来」
 「そうですか、それは素晴らしい」
 草心が言った。
 「この前のホームルームのとき、宙太君はいいことを言ったね」
 二宮先生が言った。
 「えーっどんなこと」宙太は何を言ったのか忘れてしまったような顔をしていた。
 「勉強だけじゃなくて、自分の得意な力を出せるものが、あった方がいいと言ったんですよ」
 「そうでしたか」恵美はニコニコ笑いながら、宙太を見つめていた。
 宙太は少し照れくさくなって来た。
 皆が宙太ばかりほめるので、初恵に悪い気になって来た。

 それにしても誰も大会のことは、どうして一言も言わないのだろうかと思っていた。

 つづく