翔べ宙太(みちた)!67  各選手の抱負


 「やったあー」
 宙太は草心を探した。
 草心は少し離れた所でじっと宙太をみていた。
 「和尚さん、天田君と当ったよ」宙太は大きな声で言った。
 くったくの無い宙太の声に、周りの人がどっと笑った。
 一番後ろにいた一石が一瞬「うっ」と厳しい顔になった。
 一石は瞬間『まずい!』と思った。しかし、すぐ気を取り直して『いや、これでいいんだ。これで最高の戦いが出来る』そう自分に言い聞かせた。
 草心は少し動揺した。出来ることなら少し雰囲気に慣れてから、3〜4局目に天田ないしは一石と当るのが、理想と思っていた。
 『宙太は恐れを感じないのか、まるで憧れの人に会って、話をするかの様に生き生きとしている。勝負に対する不安や気後れは一切感じないのか』草心は宙太の姿を見て『やっぱりこの子の器は計り知れない』そう思った。

 「良かったなー。和尚さんもそうなるといいなあーと思っていたんだ」
 「宙太、自分の力を全部出せ。最後まで力を出し尽くせ」
 草心は宙太の肩に両手をあて、ぐいっと力を入れて、宙太をにらみつける様にして言った。
 「うん、俺やる」

 「選手の皆さん席について下さい」係りの人が言った。
 大会役員や進行係が紹介され、特別の来賓として最後に大空名人と日之輪教授が会場に入ってきた。
 「あーっ、大空名人だ。それにあの時の先生もいる」
 宙太はすごいなあーと思った。
 「俺の碁を名人は見るかも知れないんだ」
 宙太はそう思うと身体が熱くなったような感じがした。

 「ただ今より、日本青少年囲碁協会主催の全国大会を開催いたします。選手の皆様、ご父兄の皆様、遠い所からようこそお集まり頂きまして、有難うございます。試合に入る前に選手達に一言ずつ抱負をお聞きしたいと思います」
 「それでは、一番テーブルの一石さんからお聞きしたいと思います。大阪代表の一石さんです。一石さんは囲碁だけではなく、数学にも優れた才能をお持ちです。この大会に望むお気持ちはいかがですか?」
 進行係の女性がマイクを向けた。
 「私は6年生なので、来年はこの大会に出られないので、悔いの残らない様に最高の戦いをしたいと思っています」
 「一石さんは数学がものすごく得意だそうですね。数学の才能が囲碁を強くしたんでしょうか」司会者が尋ねた。
 「それは、逆だと思います。碁の中から数学的ヒントを随分貰いました」
 「そうですか、そうすると囲碁は数学に良い影響を与えると言うことですか」
 「数学に限らず、その人が何を持っているかによるのではないでしょうか。その人の持っているものに良い影響を与えると思います。ただし、囲碁の中から汲み取ろうという心を持っていればの話です。ただ勝負の面白さだけに夢中になったら、それだけのものでしょう」
 「ありがとうございました。さすが一石さんです。小学生とは思えない圧倒される様なお話しを伺いました」
 女性のとても適わないと言った表情に会場に笑いがもれた。
 緊張感に包まれていた会場全体にリラックスの雰囲気が生まれた。

 次々にインタビューが続いて5番テーブルになった。
 「天田さん、こんにちは。天田さんは東京都代表ということで応援の人たちも多いと思いますが、この大会に臨むお気持ちをお聞かせ下さい」
 天田は普段と全く変わらないリラックスした静かな雰囲気だった。
 「全国から選ばれた人たちと打てると言う事はとても嬉しい気持ちです。今まで触れたことの無い新しい発見が出来ることと思います。また多くの人に見てもらえるのは、とても励みになります」
 「天田さんは、音楽にとっても素晴らしい才能をお持ちとお聞きしています。音楽と碁と何か共通するものがあるのでしょうか」
 「音楽は自然の姿や動き、時には人の心の動きを音で表わしたものです。その基本となるものは(美しさ)への信仰です。それを石で表わしたものが囲碁です」
 司会者は一瞬、絶句した。
 「ありがとうございました」
 司会者はやっとの思いでそう言って、ため息をついた。

 「最後になりました。九州代表の力田宙太君です。宙太君は今大会の最年少4年生です。力田君、こんにちは」
 「こんにちは」宙太は大きな声で挨拶した。
 「力田君は碁を覚えてまだ僅か4ヶ月位しか経っていないそうですね。どうしたらそんなに強くなれるんですか」
 宙太は『またかー』と思った。
 その質問が一番いやだった。どんな答え方をしても自慢っぽく聞こえそうで嫌だった。
 少し考えた。
 「どうしたのかなー、少し恥しいのかな」
 宙太の顔を覗き込む様に司会者が見た。
 「そんなことありません」
 突然、宙太は大きな声で言った。司会者は一瞬のけぞった。
 司会者は『話してくれる』と言いたそうな表情で宙太にマイクを向けた。
 「俺は、詰碁はずっと昔からやっていました」
 場内に笑い声が起こった。
 少学4年生の子供がずっと昔からと言ったのが大人たちの笑いを誘った。

 つづく