翔べ宙太(みちた)!68  天才天田vs宙太


 「そうですか、ずっと昔ってどの位の昔ですか?」
 司会者は少しおどけたような口調で言った。
 「うーーん、俺小さかったから、良く覚えていないけど、父ちゃんは1才位からと言っていたよ」
 場内は「えーっ」と驚いた声に包まれた。
 「えーっ1才から力田君は詰碁をやっていたの、すごいね」
 「すごくないよ、俺大好きな事をやっていただけだから」
 「でも、力田君1才位だったら、まだ石もちゃんと持てないじゃないの、すごいよ」
 「石じゃないよ、俺は星を見ながら、色々な星座を考えるのが好きだったんだ。父ちゃんがそう言ってた。」

 司会者はまた言葉に詰まった。次に何を言ったらいいだろうと言った風に、そばにいる大人達の表情をチラチラ見ていた。
 「力田君、この大会に出て何が一番の目標ですか、やっぱり優勝」
 「一番の目標は、俺、友達を沢山作ること。天田君と一石君とはもう友達になったよ。その為に全部の碁に、自分の力を全部出す事。これが大事だよ。優勝は結果だからね、その時だけの一瞬の結果だからね。でも友達になったら、ずっと続くからね」
 司会者はため息交じりに深く頷いて「はい、力田君の言うとおりです。皆さんからとっても素晴らしい気持ちを言ってもらいました。こんなにすごい言葉を聞けたのは、私は初めての経験です。ありがとうございました」
 場内から一斉に大拍手が起こった。
 宙太のインタビューを少し離れた所から、緊張した面持ちでじっと見つめていた草心は、宙太の日頃と変わらない率直な態度にほっとした。
 少しも物怖じせずハッキリと答えた内容は、子供っぽい話し方とはいえ、先日テレビで見た日之輪教授の話をよく理解していると思った。
 『今日、明日の二日間でさらに進化するだろう』草心は思った。

 試合が始まった。
 全国10人の代表が総当りで9局対局することになる。第1日目は5局、2日目に4局、2局目からは全体の進行に合わせて、任意の組み合わせになる。
 握って宙太の黒で始まった。
 「よろしくお願いしまーす」宙太は大きな声で言った。
 「よろしくお願いします」優しい声で丁寧に天田は言った。
 第一着右上スミ星にバッシと力強く宙太は打った。
 天田は第2着目、自分の右下スミ星に静かにおいた。
 こうやってついに二人の対戦は始まった。

 たんたんと時に少考を重ね10手、20手と進行して行った。
 天田が東京都代表ということもあって、5番テーブルが一番の人だかりだった。
 草心はテレビカメラから映し出されるモニターで進行を見守った。時々チラッと宙太の表情を見ていた。
 宙太は集中していた。
 バランスの取れた天田の石の流れに、宙太は思い切った手が打てない様な気がしていた。
 戦いのきっかけを掴むチャンスがなかなか来なかった。
 1手1手慎重に相手との間合いを計りながら、大場、大場と打っていった。
 宙太にしては長い序盤だった。
 『天田君の石は光っている、1手の無駄もない、全部が静かに光っている』
 宙太は思った。
 『どこから戦いを起こせばいいんだ』無理に戦いを起こせば、一方的に不利になるような感じがした。

 『力田君の石は何と自由なんだ、どの石もどうにでも変化できる心を持っている。こんなに広いオクターブの音は初めてだ、このまま僕は調和の取れた演奏が続けられるだろうか』
 天田は思っていた。
 宙太は大きく構える1手を打った。天田が受ければ白の発展が制限される。反発すれば、戦いになる。天田に選択させるような手だった。

 草心はモニターに映ったその手を見て、『よし、』と小さくつぶやいた。
 宙太の表情をのぞいた。宙太はしっかりと盤面を見つめていた。
 形勢は不明だ、だが、宙太の充実を感じ取った。
 天田はじっと考えた。周りの観衆も天田の次の1手で大きく流れが変わることを予期していた。
 天田は目をつぶった。
 宙太も目をつぶった。
 天田の次の1手を待った。
 モニターをじっと見ていた草心のところへ二人の男が近づいて来た。

 「秋月さん、いよいよ始まりましたね」
 日之輪教授だった。
 「教授、その節は大変お世話になりました」
 「いえ、いえ、こちらこそ、秋月さん、大空名人です」
 日之輪教授は大空名人を紹介した。
 「秋月草心です。初めてお目に掛かります」
 「名人、宙太くんの師匠ですよ」
 そう言って教授は草心を紹介した。
 「そうですか、お噂は教授からお聞きしています。この度三人の少年が揃いましたね。これは、奇跡ですよ。三人が三様、独自の強烈な個性をもっているそうですね。碁の内容だけでなく才能においてもですね」
 「はい、天田君、一石君は誰もが認める大天才である事は間違いありません。宙太も何か素晴らしいものを持っていると、思っていますが、それが、何であるか、今のところはハッキリと私には分からないんですよ」
 草心は少し謙遜した気持ちで答えた。
 「宙太君は素晴らしい、私も何だか良く分からないけれど、とにかく宙太君は何か素晴らしいものを、良いものを感じさせてくれるんですよ」
 「何か大きくて清らかで、暖かくて、懐かしいようなもの、そんな感じのもの、これからの成長を見守っていけば、きっとわかりますよ。楽しみですね」
 教授が言った。

 モニターに映った局面をじっと、大空名人が見ていた。
 「黒が少し苦しいかな」名人が言った。
 「えっ」草心は驚いた。草心には互角にうつっていたのだが。

 つづく