翔べ宙太(みちた)!72  最終戦、一石vs宙太


 ゆっくりと1つ1つ丁寧に並べて、白の半目勝ちが確認された。
 「一石君の半目勝ちです」係りの人が宣言した。
 周りから一斉に拍手が沸いた。
 「よし、これでいい」草心は小さくつぶやいた。

 いよいよ大会の大詰めがやって来た。優勝の行方は宙太と一石の碁にかかっている。
 宙太が勝てば、三者全くの同率と言うことになる。一石が勝てばすんなりと9戦全勝で決定するが、宙太は2敗、3位。天田と一石の両天才にはやっぱり一歩及ばなかったということになる。

 草心は何としても宙太に勝って欲しかった。なりふり構わず仏にすがりつきたい気持ちになった。
 「宙太、いよいよ最後だ。しかも念願の一石君と打てるんだ。宙太の力を全部出して最後の最後まで力を振り絞って、最後の一滴まで、力を振り絞るんだ。きっといい戦いができるよ」
 「うん、俺やる。いよいよ一石君と打てるんだ。一石君と本当の友達になって、一緒に南十字星を見に行くんだよ」
 「そうかあー」草心は自分が考えていることとは宙太は全く違う捉え方をしていると苦笑した。

 そこへ天田がニコニコしながら宙太に近づいて来た。
 「力田君いよいよ一石君とだね。僕二人との2局でとてもいい曲が作れそうなんだ。でも全然違う感じだよ。力田君との曲はすごく明るくて色んな音色が沢山入っていて、音域がとても広いよ。一石君との曲はとてもきれいな静かな曲だよ。とてもシンプルな澄んだ音なんだけど、音域はそんなに広くないよ」
 「そう、できたら聴かせてね。どんな曲か楽しみだね」

 やがて最終戦開始を係りの人が告げた。
 「和尚さん、これ持ってて」宙太はそう言って、胸にかけている神様からもらった石をはずして、草心に手渡した。
 「えーっ、宙太これつけていなくていいのか」
 思わずあせったような言い方を草心はしてしまった。
 一瞬いけないと思い、すぐに気を取り直して、ニッコリと笑った。
 「俺、一石君と全力で打つ。俺の力でね。これがあると、もしピンチの時、神様に頼りたくなるかも知れないから、神様の力に頼ったら、俺一石君にすまないよ。自分の力で戦って全部力を出せたらそれでいいんだ」
 「・・・・・・」草心は宙太をじっと見つめて、ただうなずくしかなかった。
 「俺、行って来る」
 「うん、行ってこい」
 「坊主をやっている俺が10才の少年に教えられるのか」
 草心は宙太の姿を目で追いかけながら、こみ上げてくるものをぐっとこらえた。

 「いよいよ打てるね」
 宙太は席に着くなり一石に言った。
 「いよいよですね、ずい分待ち遠しかった思いです」
 一石が言った。
 最終局は握りなおして宙太の白番になった。
 「よろしくお願いしまーす」
 宙太は今までにない一番大きな声で言った。声が弾んでいた。
 「よろしくお願いします」一石は静かに言って、少し頭を下げた。

 第1着目、一石は静かに右上小目に置いた。
 宙太は気持ちを落ち着かせるかの様に、じっと碁盤を見ながらしばらく動かなかった。
 やがて静かに白石を1つつまむとバッシと力強く高い音を立てて右上星に打った。
 一石は黒の利を活かして大場大場と先行していった。一石の持ち味の出た碁形になってゆく様に思えた。
 宙太は何としても戦いの碁にもってゆきたかった。どこで戦いのきっかけを掴むか苦心していた。

 草心は宙太の碁を気にかけながらも、何か落ち着かない様子で、そわそわしていた。
 会場の入り口ばかりなぜか気にしていた。
 碁は進んで行った。一石の堅実な大局を見切ったような足取りは益々確かなものになっていった。
 誰もが一石の優勢を感じとっていた。宙太を負かした天田に一石は勝った。しかも宙太とは一石の黒番、誰もがこのままいって一石の優勝を予期していた。

 『力田君は力を溜めているのか。何故やってこないんだ。チャンスを待って一気に爆発しようと思っているのか。このままズルズル行くとは思えない』一石は思った。
 『どうすれば、くずれるんだ。一石君の石は石垣の様に頑丈に見える』
 宙太は思っていた。だんだんと宙太の考える時間が長くなってきた。
 誰の目にも宙太は苦しそうに見えた。

 宙太は目をつぶった。心の中で碁形を思いうかべた。『シンプルな澄んだ音だけど音域はそんなに広くないよ』天田の先ほどの言葉がふと心の中に聞こえて来た。
 一瞬宙太は『えーっ』と思った。
 『広くないよ』確かにそう言った。
 一石君の力をとっても認めているのに、どうして悪く言っているように聞こえる言い方をしたんだろう。
 宙太は考えた。

 『そうかあー』宙太は目を開けた。

 しっかりと局面を見つめた。少考してバシッと一石の懐深く打ち込んだ。
 自分の感性を信じてこの1手と思った。
 一瞬一石は「ウッ」と唸った。

 つづく