翔べ宙太(みちた)!85  別れの時(最終回)


 「名人、大変お世話になりました。ありがとうございました」
 「やあ、秋月さん、宙太君にはやられました。私の完敗です」
 「いいえ、そんなこと、名人、1つだけどうしてもお伺いしたいことがあります」
 「はい・・・・」
 「名人が三人と対局なさったのは、三人の持つそれぞれの特長を自分の中に取り込んで、その三つを統一した芸風を確立しようとされたのではないでしょうか。その為にあえて三局とも相手の土俵の中だけで戦われたのではないですか」
 「・・・・・」
 名人はしばし草心を驚いたような目つきで見ていた。そして突如、子供が悪巧みを見破られてバツの悪そうな顔をした時の様に、はにかんだような笑みを浮かべながら言った。
 「いやー秋月さん、さすが宙太君のお師匠さんですね。恐れ入りました」
 「そうでしたか、やっぱり。その為に名人は全てを投げ出されたのですか・・・・」
 「いや、いや、私が三人の若者から頂いたものに比べたら、捨てたものなんて、小さなものですよ」
 「・・・・・」
 草心はじっと名人を見つめながら、うなずいていた。
 「これから、名人は・・・・」
 草心の言葉を待っていたかのように、「今日、三人の若者と対戦して自分の力をハッキリと見極めることができました。これからは子供達と一緒に何所まで行けるか分かりませんが、“日暮れて道遠しですよ” 私も『私の宙太』を見つけますよ、秋月さんみたいに。そしたらきっと楽しくやってゆけるでしょう」

 その時、宙太の母が慌ただしく壇上に上がってきた。
 「宙太、宙太、和尚さん」
 弾むような声で一枚の紙きれを差し出した。
 二人は覗き込む様に見た。
 「よかったあー、和尚さん」
 「よかったなあー宙太、お母さん良かったねー」
 父の無事を知らせる連絡が入ったのだ。
 「宙太の父親の乗っている船が、嵐にあって行方不明になったんです。その知らせが今朝届いたんです。でも、発見されて全員無事との知らせを今受け取ったとこなんです」
 草心は名人に説明した。
 「そうでしたか、やっぱり、それで・・・・でも良かった、本当に良かった、良かったね宙太君」
 名人はことのいきさつをすべて理解した。
 「大空様、本当にありがとうございました。おかげさまで宙太はここまで来れました。これからも宙太を見守って下さい」
 宙太の母は深々と頭を下げた。
 三人の若者はお互いに連絡を取り合う事を約束した。  そして将来、地球モデル創造を目指す事を約束して去って行った。

 別れの時が来た。
 会場はすでに人影は無く、三人と名人だけになっていた。
 会場の出口で名人の妻が待っていた。
 三人は丁重に挨拶して別れて行った。
 「あなたが宙太君を見るときの目は、あの日以来ですね」
 「えっ」
 「はるかが生まれて3日目、あなたが病院に来てくださって、初めてはるかを抱いたんです。でも、それが最後でした。その時以来、あなたはいつも勝負の目をずっとしていらっしゃって、誰も近づくことが出来なかったんです」
 「えーっ、そ、そうかな」
 「えーそうですよ。ずいぶん待ちました今日の日を」
 「やっと今日からは一人の頑固おじさんですね」
 「あっははははーそうだな」
 去ってゆく三人の後ろ姿をずっと見つめていた。

 宙太が振り返った。
 「先生、ありがとう、さようならー」
 くったくの無い笑顔で手を振った。
 名人も右手を上げ小さく振った。
 「もう一度、宙太君と碁を打ちたいなあー」
 名人はしみじみと、言った。
 「あなた、スターウォーズでしょ」妻は名人を見つめながらほほえんでいた。
 「えーっ」
 「そうそう、スターウォーズだ。もう一度、宙太君とスターウォーズをやりたいなー、今度は負けないぞー」
 そう言って、二人は笑った。
 名人の目にきらりと光るものがあった。


   完