翔べ宙太(みちた)!  あとがき

   筆者よりの御礼
                                 郷たける

 読者の皆様、長い間「翔べ宙太」をご愛読いただき有り難うございました。
 一昨年の11月より始めて約一年半に及ぶ長い間、応援下さって心より御礼申し上げます。

 当時日本青少年囲碁協会を発足させた折りに、子供達が囲碁に関心を持つためにはどうしたら良いかと考えた末に、子供達が囲碁ってすごいものなんだと思ってくれればいいなと、そんな気持ちでこの小説を書き始めました。
 書き進むにつれ筆者は、碁の魅力とは何だろうと改めて考えさせられました。
 子供達は勝ち負けでよく泣きます。大人もまた時には苦しく、かえってストレスが増すこともあります。それでも今日もまた飽きることなく打ちたくなる気持ちは、どこから来るのでしょうか。とても不思議です。

 小説に出てくる三人の少年は、碁の持つ要素をくっきりと原色的に色分けして劇画的に表現したものですが、その様な要素が魅力になっていることは間違いないことでしょう。しかし碁の魅力はそれだけではないようです。
 大空名人は無限の変化の中にある究極の真理をつかもうとしました。三人の少年達はそれぞれ自分の持っている得意なものを見い出し、それを追い求めている内に次々と新しい出会いがあり、その出会いがまた力となっていったのです。
 その様に一心に追い求めれば必然として新しいよい出会いがあり、その様な出会いがまた、その人の持っているものによい影響を与えるということだと思います。

 一局の碁を人生や仕事や人間関係などと関連づけて、そこから何かを汲み取ることはとても意義深いことです。また、その様なことをことさら思わなくても、ただひたすら対局を楽しむこと、それも素晴らしいことだと思います。
 その様に考えていけば、行きつくところ碁の魅力は“自由”という言葉で表現されるのが最もふさわしいと思うようになりました。
 日常の色々な常識や規律やしばりから解き放たれて、こだわりを捨て、とらわれない心で自分の打ちたい手を打つ。碁盤の前では、自分の心は、すべてから解き放たれて“自由”です。お釈迦様の教えにも通じるものがある様に思えて来ました。
 とらわれず、こだわらず、しばられず、もっと広く、もっと深く、もっと高くです。

 これでまず「翔べ宙太」は終わりますが、筆者も今後、勉強を重ね、いつの日か、宙太の青年時代を書けるようになりたいと思っています。
 皆様、長い間おつき合い頂いて有り難うございました。
 皆様のご感想を頂ければ嬉しく思います。
 それではこれでひとまず、皆様、またお会いできる日まで、ごきげんようさようなら。