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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


   序 章

 平安の昔から親しまれてきた囲碁は、江戸時代になると幕府の保護と相まって爆発的に発展した。同時に碁盤や碁石といった道具類もその素材と品質において優雅に進歩してきた。
 今から遡ること二十四年前、昭和の終わり頃囲碁界に一つの商品が現れた。当時普及し始めていたパーソナルコンピュータを使い電話回線を通して、離れた者同士で囲碁の対局ができるという通信対局装置である。
 二人で相対して対局するそれまでの囲碁の常識を根底から覆す革命的な商品であった。
 開発の発端は一人の男の思いから始まる。
 一滴の滴が水面に落ちて波紋を広げるように、次々に理解者が現れて、大手の計算センターと大手メーカーまでも動かし、三社の共同開発というプロジェクトチームを組むまでに至った。
 囲碁通信対局という当時としては、雲をつかむ様な夢にいどんだ名も無き男達の物語である。


   発表の日

 これほどまでに1時間が長く感じられたことはかってなかった。あと数分でその1時間が終わる。
 葦原はじっと腕時計を見つめながら秒針の動きを目で追っていた。あたかも念力でその針の動きを後押しするかのように、凝視していた。
 会場は静まりかえっていた。
 全員が正面に設置された16台の大型テレビを見つめていた。
 残り1分となった。顔を上げて対局者を見た。モニターには百数十手の白と黒の石が映っていた。
 パソコンの前に座って対局している女性は汗ばんだ額をぬぐうこともなく、くい入るようにモニターを見つめながら、次の一手を読んでいた。
 再び腕時計に視線を落とした。あと10秒、9、8、7、6、そうやって小さくつぶやくように秒読みを始めた。
 ゼロになった、1時間が経った。
 その時同じように時間の経過を計っていた司会の女性がマイクを持って、にこやかな笑みを浮かべながら場内を見回すようにして一歩前に出た。
 「皆様いかがご覧になられましたでしょうか、ソニーのMSXUを使って当ソニービルと池袋のサンシャインシティとの間で行われました、日本で初めてのパソコン通信による囲碁対局でございます。囲碁はまだ途中のようでございますが、ここで時間がまいりましたので打ちかけということで一旦終わりにさせて頂きます。原先生大変お疲れ様でした。」
 そう言い終わると場内に「ホー」という様な小さなざわめきが起きた。

 前日までここ一週間ほど、この日の発表の為に5名のソフトウェア技術者は不眠不休の連続だった。
 ソニービルでの発表の日は一ヶ月以上も前から決まっていて準備は順調に進んでいたつもりだったが、対局途中の回線エラーの問題が上手く解決できていなかったのだ。

 発表の時のせめて一時間だけでも回線エラーが起きずに無事対局できることを祈った。
 緊張し続けた長い一時間は終わった。

 昭和63年4月22日午後1時、この時、日本で初めて、おそらく世界でも初めてのパソコン通信による囲碁対局の公開実演が成功した瞬間だった。
 「とうとうやった」そして「やっとスタートラインに立つことができたのだ」葦原は安堵のため息をついた。
 ショールームの外を足しげく通り過ぎる人々の姿をぼんやりと眺めていた。長かった様な、アッという間に過ぎ去ったような5年間だった。
 葦原久(あしはらひさし)この時40才。妻と15才と13才の二人の娘がいた。
 話はこれより10年ほど前から始まる。


                                つづく