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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


      13 ソニーでの実演


 しかし、久の妻明子はこの企画を全く理解していなかった。常識に長けている女性から見れば、この様なことが上手く行くとは決して思えなかったのだ。まだしも今までやって来た新聞販売店へのセット販売は一月に一セット売れれば、確実に利益が上がるのだ。
 今までその様なペースで来て、少しはゆとりができてきた矢先に新聞販売店への営業がだんだん疎かになってきたのだった。
 明子はそれが不安だった。その様なことで仕事のあと、度々衝突することもあった。
 「広告を出しても展示しても全然売れないじゃありませんか」その実、最初の横井、和田以後全く売れていなかったのだ。
 展示場で見た人は「これはいいね」「雪の日や雨の日もいいね」「後で見直しが出来るのがいいね」ほとんどの人が色々褒めてくれるのだが「買います」とは誰も言わなかった。
 久にはそれが何故だか分からなかった。やっぱり広く個人に売るとなるとブランド力が必要になってくると思った。
 新聞販売店への1セットは何回も接して自分を売り込むことが出来る。しかし GO-NETはそれができない、広告に頼るしかない。その様な商品は信用の出来るブランド力がないと認めてもらえないのだ。
 ―じゃどうすればいいーまたしても壁に当たった。
 ―ソニーの名前だったら、買ってくれるだろうかー
 ―GO-NETのソフトを全部ソニーに譲って、ソニーの名前で出せばきっと違ってくるだろうー
 ―でもそんなことが実現できるだろうかー久の気持ちはゆれ動いた。
 その様なとき、名古屋の薄木から連絡があり、5人に売るから5セット送って欲しいということだった。久は東関東ソニーへ連絡を入れ、送る手はずを取った。
 5セットのMSXとモデムを仕入れるには50万円を超える資金が必要になってくる、瞬間、訪問した時の印象がよみがえり躊躇するような気になった。でも今はそんなことを言っている場合ではなかった。しかしこのことが苦い貴重な経験となるのだった。
 1セット3万円を超える営業マージンを差し引いて振り込む約束で薄木に送った。しかし薄木からは2セット分しか振り込まれなかった。
 再三にわたる電話にもなかなか本人が出なくなった。それで手紙を出した。信頼を無くすようなことをしないで欲しいという主旨のものだった。
 しばらくして1セット分を送金してきたが、残りの2セット分はとうとう振り込まれなかった。名古屋まで押し掛けるほどの時間の余裕は無かった。
 自分の甘さを反省しあきらめるより無かった。

 そんなことよりやらなければならないことが山積していた。
 久はソニーの企画業務室の大村を通して売り込みを開始した。同時にCS社の徳田にもひんぱんに会う様になっていた。
 ―CS社の大型コンピュータをホストコンピュータとして使用し全国ネットワークを始める。個人用のMSXのソフトはソニーのブランドで今のソフトの改良版を販売する。
 お客の窓口サービスとしては久がすでに60年9月に設立していたアイ・システムが行う―
 この様な構想を二人で話し合った。ソニーとCS社を同時に動かすことによってのみ成立しうるプロジェクトだった。 GO-NETの原型を作るよりはるかに難しい挑戦になる。
 ―躊躇している場合じゃない。やるしかない、やらなければ又失敗になる。ソニーが動けばきっとCS社もその気になるだろう、CS社の徳田は元々自社でやりたかったことなんだ。徳田と協力してまず、ソニーを動かそう―
 ソニーもCS社が動くと思えば、乗ってくるかもしれないのだ。久は自らを奮い立たせた。

 JR品川駅前に一見シティホテルかと見まごう壮観なビルが建っている。久は一階の吹き抜けの広い談話室で待っていた。
 ソニーの大村から紹介されたのは、同じくホームインタラティブ事業部の商品一課の春木であった。
 30半ばの温厚な腰の低い丁寧な対応の中にも厳しさを秘めている様な男だった。
 久は囲碁新聞に掲載した広告用のパンフレットとワープロで印刷した説明書を提出しMSX用のソフトとしては有望であることを力説した。
 春木は自分も少しは碁をやるということで、興味はあると言った。しかしそうたくさん売れるとは思えない。ネットワークをやるとなるとネットワークを引き受ける会社が必要であること、ソニーにそれは出来ないと言った。
 同席した20代の若い女性は久の言うことを一つ一つ書き留めていった。久は何か取り調べの言質をとられているような気になって、言い間違いや誇張した事を言って不信感を持たれてはいけないと言葉を選んで慎重に説明した。
 ホストコンピュータ運営の為にCS社の徳田氏と会って話を進めていること、CS社がその事業に乗り出す可能性があることを強調した。
 春木は終始冷静に多くの期待を持たせるでもなく、拒否するでもなく静かに話を聞き、たんたんと質問した。
 一度実物を見てみましょうということでデモの日を約束して第一回目の話は終わった。久はホッとして、ぐったりと疲労を感じた。帰りの電車の中で先ほどの場面が繰り返し繰り返し浮かんできた。
 自分の意図していることが、上手く伝わらなかったのではないかと不安が押し寄せてきた。
 数日して久は中山と二人で再びソニーに行った。
 MSXとモデムはソニーで用意できるということだったので、ソフトだけを持参した。詰碁、定石、名局鑑賞と通信対局と4枚のフロッピーを正副2枚ずつ用意していった。
 前日は夜遅くまで、ソフトのチェックをした。万が一にも失敗が無いように、万端の準備をしたつもりだった。
 ソニーでは狭い一室に案内された。色々なパソコンやオーディオの機械等で席巻された実験室のような部屋だった。
 その部屋に入った途端に久には不吉な予感がはしった。この時始めて気がついたのだったが、事務所の電話の代表はビジネスホンが主でさらに内線で各部屋に複数台つながっている。その様な状況で実験したことは今までに無かったのだ。
 住宅用の一本の線に一台の電話機だけの状況での実験しかしていなかったのだ。久は自分の不用意さが腹立たしかった。
 しかしここで引くわけにはいかない、やるしかないのだ。中山も一瞬不安な表情を見せた。
 春木に電話線の状況を尋ね、久は持ってきた延長ケーブルでつなぎ方を中山に指示した。
 「慌てないでゆっくりやりなさい」中山は「はい」と言ってとりかかった。その間久は春木及びその時見学に来た若手プログラマー3人に、詰碁、定石、名局鑑賞のソフトを簡単に説明した。
 詰碁は古典から比較的やさしいものを取り出して100題入力していること、正解の1手を打てば、機械が反応して次の手が表示されること、定石は基本定石が100あり途中の変化図がそれぞれに平均10ずつ入っていること、名局鑑賞は同じ様に古典から100局を選んで表示の途中で好きなときに表示を止めて検討図を作れること等を説明した。
 春木始め数人の見学者は細かい所までよく考えて作っているとの評だった。説明の途中、冗談や笑い声があった。
 こういう時はデモンストレーションは成功といえるのだ。
 いよいよ通信対局の番になった、それまでに中山が一人でテストを繰り返していたが、どうしてもつながらなかった。
 久も電話線のつながりを代えて色々とやってみたが、そこの部屋の電話が内線の0(ゼロ)発信の電話だったため、つながらなかったのだ。
 久は焦る心を押し殺して努めて冷静に説明した。
 ビジネスホンであること、さらに内線であること、普通家庭用は一本だけだから全然問題がないこと、さらに今回せっかく機会を頂いたのに上手くいかなくて誠に申し訳ないこと、従ってご足労かけますが松戸の事務所に一度来て頂いて是非見学して欲しい旨を伝えた。
 ソニーを後にして帰りの電車の中で久は先程までのことを反芻していた。
 肝心の通信対局のデモが失敗に終わったが、全体としての感触はしっかりした手応えを久は感じていた。
 中山が一人落ち込んでまるで自分の力の無さを悔いる様に萎縮していたが、「大丈夫だよ、これから一つ一つ解決してゆけばいいことだよ」
 中山はしかしうなだれたままだった。

 久はソニーでのことをつぶさに徳田に話した。
 徳田はその時の情景を思い描いているかの様に、久の顔を食い入るかのように見つめながら話を聞いていた。
 徳田のいつもの癖でひざをたたきながら口を大きく開け笑みを浮かべながら久を見ている。
 時々「ガーッアハハハ・・・」と相づちとも笑いともとれる反応を示すのである。しかしこの様な時は徳田の気持ちが乗ってきた時の表れで、その後必ずいい話に進展するのだった。
 「いけますよ、ソニーはきっと乗ってきます。そういう前提で社内を説得しましょう。桜木さんは大丈夫でしょう、問題は谷田さん」桜木とはCS社の東京支社の責任者で常務の役職にある。谷田も常務の職にあるが桜木の方が先輩格となる。
 しかし発言力は強い、とうとうと自説を述べるタイプで全体の調和を計る桜木とは対照的な性格だった。

 ソニーの春木を窓口としてその上の課長クラスにいかに評価してもらうか、さらにソニーも乗ってくるという前提においてCS社の役員クラスをいかに説得するか、今まで経験したことの無い大きな壁にぶつかった。


                                つづく