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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


      15 CS社での実演


      「社内デモをやりましょう」徳田が言った。
CS社の役員を集めて一度デモをやる予定をしていること、その時一番の反対派の谷田に対局をしてもらうこと、そしてその時一つの秘密の作戦をやりましょうということだった。
谷田は5段である。東京の責任者の桜木は初段ほどで、この度の企画は碁の問題であるから桜木は上席であっても谷田の発言を尊重しないわけにはいかなかった。
徳田は6段、それもかなり強い6段で谷田は徳田には2子おいても敵わなかった。その為徳田は役職を超えて谷田に対しても発言力は強かったのだ。
「『そんなことが上手くゆくはずはない、銀行系の会社がやるような仕事じゃない、俺の目の黒い内は絶対にやらせない』そう言うんですよ、谷田さんが」
「デモやって早く目ん玉白くなってもらいましょうよ、アハハハー」そう言って徳田は笑った。
徳田はいつも穏やかな人柄、おおらかな感じのする男だ。しかし上司に対しても少しも臆せず、平然と思ったことを言える男だった。
そんな徳田に久は心から敬意を払っていた。
程なくしてそのデモの日は来た。CS社の部長以上、役員3人併せて10人ほどが立ち合った。
久はCS社の広い会議室にMSXとディスプレイを持ち込み今度はソニーの時の失敗の経験から、事前にしっかりと確認しておいた電話線をつなぎ、一通り説明したあと、谷田に実際に対局してもらうことになった。
相手をするのは赤倉、元東京都代表にもなったことのある強豪でもうすぐ定年を迎える。
囲碁新聞で発表して以来かなり興味を示して、何かにつけて協力的に接してくれた。特に赤倉は囲碁界の人脈に通じていた。
手合いは谷田の3子ということで始まった。赤倉の対局には高田の馬場の駅前の碁会所で江川が立ち合った。
3子の対局だから序盤からしばらくは黒が優勢である、そこで白は途中から強手を放つことになる、その強手が通れば白優勢となり、黒がしっかりと対応できれば黒リードのまま終盤となる。
しかしほとんどの場合上手の強手が通って白が逆転勝ちするのが碁の常としたものだった。
黒も必死で応戦することになる。その黒が必死の応戦の時、その時こそ久と徳田が考えた作戦が効を奏するか否か、カケだと思った。
局面は予想通り黒優勢のまま中盤にさしかかる時、白が強手を放った。その1手から石の接触が激しくなり力比べの様子になってきた。
周りの見学者達は画面上の様子を静かに見守っていた。
役職も上、碁の力も上とあっては周りの部長クラスは何一つ発言ができず黙って画面を見つめるしかなかった。
谷田の顔はだんだんと紅潮してきた。白の強手が黒を圧倒し始めた。紅潮していた顔が更に必死の様相を見せはじめた。
緊張した雰囲気が室内を被った。セキひとつ息することもはばかられる程の静寂が部屋を被った。
谷田は画面を破裂させるほどの眼力で凝視していた。
黒は強く抵抗しないとこのままいけば、はっきり敗勢となる。
懇々と考え出した。
久は誰にも気が付かれないようにそっと足音を忍ばせて部屋を出た。
通路の突き当たりに小川町の交差点を見下ろせるガラス張りのゆったりとしたスペースがある、そこに公衆電話が設置してあった。
高田の馬場の碁会所へ電話を入れて江川を呼び出した。
「これからだ」それだけ言うと「ハイ」江川が答えた。
久は急いで戻った。まだ打っていない。
周りはかなり重苦しい雰囲気になっている。ここで谷田が負ける様なことが起きるときっと皆は黙ってその場から逃げ出すに違い無かった。
当然この企画も消えてしまうことになる。
久は徳田のそばにそっと近づいた、徳田と目が合った。
久は小さく頷いた。徳田はかすかに微笑んだ。
そして二人は何事も無かったかの様に静かに画面を見た。
谷田は意を決したように、黒の一群を圧迫してきた白石の頭をバシッーとハネた。
打鍵の音が一段と高く響いた。白の包囲網を脱出しようとする手だ。脱出出来なければ黒の大石が死ぬ。
黒のハネに対して次の1手を白はなかなか打たなかった。
やがて打たれた白の石はそれまで黒を圧迫するかの様な強手の態度とは打って変わって用心して白軍を守る様な手だった。
それを境にして黒はゆうゆうと脱出し、地合先行している黒の勝勢となった。
周りの緊迫した空気が柔らいだ、谷田の表情からも険しさが消えた。
それ以後十数手進んで、周りがすっかり安心し笑いが出始めた頃、白投了となった。皆一斉に拍手した。
谷田は少し落ち着きを取り戻してはいたが、まだ必死の余韻が残る上気した表情で嬉しそうに辺りを見回した。谷田の面目が立った。
「このハネは素晴らしい1手でした」
まだ余韻の残る谷田に向かって久は言った。自分でもわざとらしさを感じ心で赤面した。
「そうですね、このハネは私も気がつきませんでした」徳田が言った。徳田も役者になった。
棋力の低い周りの観戦者は黙って聞いていた。
「うんこの手は前から見ていたんだよ、この手があるからこの石はそんなに心配はしていなかったけどね」谷田の顔は満面の笑みを浮かべていた。
数日後、徳田と久は常磐平の事務所でいつもの様に鯛焼きをほうばりながら碁を打っていた。
「あのハネは良かったねーアハハハー
『まあ実験的にこういうことをやるのもいいだろう、これで利益が上がるとは思えないが社内に新しい風を吹き込むということには意義がある』って言うんだよねーあの谷田さんがアハハハ・・・ー」徳田の口から鯛焼きが飛び出しそうになっていた。
この様なことが有った後、幸運は続いた。CS社の社長が替わったのだ。
それまでの黒木社長は反対派だった。それに賛同するかのように谷田も反対派だった。
新任の長沼社長は理解を示してくれた、それまで賛成派だった桜木には大きな追い風となった。
反対派は谷田一人になった。あとは自然の流れでなるようになった。
その様にして62年の秋にはCS社が決断した。
あとはソニーだ。CS社がホストコンピュータを運営する、久(アイ・システム)はお客様の窓口をして会員拡大のための販売と電話対応などサービス業務を行う。
ソニーはソニーブランドとして改良したソフト囲碁倶楽部の販売を行う。
三つの歯車をピタッとかみ合わせる事が出来るかいよいよ夢が近づいてきた。
その様な時、またしても中山の様子がおかしくなってきた。
中山は今まで随分と頑張ってくれた。昨年11月に発表したすべてのソフトのプログラム作成を中山が一人でやってくれたのだったが、西川が入社し、改良してゆくうちに西川との技量の差を感じて自信を無くしていたのだった。
西川の入社以後その優秀さに感激した久はソニーやCS社に対してさかんに西川をアピールしていた。
それで一層中山が落ち込んでいたのだ。
久はもっと早く気が付かなければならなかった。
自分の配慮の無さに取り返しのつかない事をしてしまったことを後悔した。
久は中山とじっくりと話しあった。
中山は自分の技術が未熟であるため、もっと優れた先輩のいる会社で仕事がしたいと言った。
中山に今去られては大きな痛手なのだ。
話合いの結果は久の友人のソフト会社にしばらく派遣ということで折り合いがついた。
又自信がよみがえった後は、戻ってくるという約束をした。
しかし西川一人になってしまっては、今後のソフトの改良にも影響が出てくることは否めなかった。
従ってソニーを説得するにしても外部にソフト陣の応援を求め体制を整えておく必要があった。
しかしそれも出資のかさむ問題だった。
ソニーから話を聞きましょうという連絡があった。いよいよ正念場だ、いかにしてソニーに訴えるか失敗したらそれで終わりだ。
チャンスは一度しかないと思った。
久は懸命に作戦を立てた。ソニーは何を採用の根拠とするだろうかイメージした。

一、通信対局の現状での市場性
二、近い将来の発展性
三、その商品の社会的意義
四、ソニーの商品としての品性を保つ品質が確保できるか
五、類似商品の存在とその商品の現状での普及度
六、CS社とアイ・システムのこの商品にかける力のいれ様
七、アイ・システムの経済力又久の人間性も問題にされるであろう
八、一般論として夢のある商品か
九、日本棋院の協力は得られるのか
この様に質問を推測して的確に答えられるように一つ一つ解答の準備を始めた。
                                 

                                つづく