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  「無名の挑戦者たち」  GO-NET誕生物語   郷たける


      19 GO-NETの発表


       ビシーッという音と共に石が表示される。
 MSXの前方の大きなモニターと右手に大画面のように設置してある
16台のモニターに一斉に石が表示されるのだ。
 1手ごとに泉谷と島田のやりとりがこきみよく交わされていった。
 観客は沈黙したまま、画面を食い入るように見つめていた。
 途中から入ってきた客は、何が行われているか理解しかねるといった表情で
 「コンピュータと打っているんですか?」と久に尋ねてきた。
 「いいえ、離れている人と打っているんです、相手は池袋のサンシャインシティーの会場にいます」
 そう答えると「ヘー」とただ驚いていた。
 久は明子を捜す為に動いた。
 観客の一番後ろに、隠れるように二人の娘と立っていた。
 そこからは画面は人の背に隠れて全く見えない。
 一緒に前に行くように促したが「ここでいいです」と言った。
 碁の進行は見えなくても、発表会の雰囲気を感じるだけでいいと言った。
 久は次女の純の手を取って、前へ進み自分の前に立たせて、対局の様子を見せた。
 緊張した面もちで見ていた純は振り返って久を見上げた。
 久は少ししゃがんで純の耳元でささやいた。
 「お父ちゃんが作ったんだよ、純ちゃんが教えてくれたからね」
 純はキョトンとした目で久を見つめた。

 1時になった。
 「皆様いかがご覧になられましたでしょうか、・・・・・・・・囲碁はまだ途中のようでございますが、ここで時間が参りましたので、打ち掛けと言うことで一旦終わりとさせて頂きます。原先生大変お疲れさまでした」
 司会者の言葉で長い長い一時間が終わった。
 緊張感から解き放たれた様な小さなどよめきが起きた。
 拍手がパチパチと一つ二つ始まりだんだんと多くなってゆき最後は場内を埋め尽くした。
 対局した原は真剣な勝負の顔から一変して少しはにかんだ様な笑顔を観衆に向けておじぎをした。
 先ほどまでの緊迫した雰囲気とはうって変わった喧噪の中、その場を立ち去ろうとする観客を一人ものがさずあたかも押し止めるかのように、笠原課長が大きな声で言った。
 右手に分厚いカラフルなB5版ほどの箱を高々と掲げながら
 「皆様本日ここに発表させて頂きました、通信対局ソフトは6月21日より囲碁クラブという名前で正式発売開始となります、他に定石、詰碁、名局鑑賞、棋譜登録と一人でも楽しめるソフトが入って3枚セットを3万円でご提供させて頂きます。」

 この様にして行われた囲碁のパソコン通信対局(NTTのデーター回線DDXーTPを介しての囲碁の通信対局)が完成した瞬間だった。
 時に昭和63年4月22日午後1時であった。

 その後2時から松村真美子(関東女子学生チャンピオン)対稲葉禄子(アマ6段)
 4時から跡部篤子(アマ5段)対内藤由紀子(アマ6段)という女流アマの対戦を組んだ。
 翌23日はその年女流アマチャンピオンになったばかりの中村智佳子対村井真理子(女子学生チャンピオン)の対局が2局と4時からは上島亜希代(神奈川女子高生チャンピオン)対祷真理子(千葉女子高生チャンピオン)の組み合わせ。 3日目24日も女流アマの対戦を組んで、3日間で10局の対局が行われ、一度も回線エラーが起きず無事終了した。
 1週間前から考えれば、奇跡のような結果だった。

 このプロジェクトの進展は久と徳田が出合ったことから始まった。
 その後ソニーの春木の理解があった。
 その前にソニーの大村との出合いがあり、大村によって徳田との出合いがあったのだ。
 しかし大村との出合いはその前に東関東ソニーの所長との出合いがあり、その前にプログラムの原型を作った中山豊との出合いから始まっている。
 しかし中山と出会ったのも、その前に失敗した川本との出来事があったからその時の、時の流れで中山との出合いにつながったのだ。
 さらにMSXのプログラムを完成させた天才プログラマー西川との出合いは正に幸運だった。
 外に目を向ければ、最後にソニーの開発を承認した盛田の決断、その決断をさせるのに至った、盛田に転勤を命じた盛田の上役。
 更にその前に理解者長沼がCS社の新社長になったこと。
 理解者の桜木常務がいたこと、更に反対派だった谷田常務が賛成してくれたこと、その為に見事な碁を打ってくれた赤倉がいた。

 この様に多くの幸運に巡り会えたのは、久が58年5月に一人で動き始めてからであったが。
 一人で始める気持ちになったのは、片岡社長の反対があったからであり、片岡社長の理解があれば事の正否はともかく現状は全く違った結果になっていたはずだ。
 片岡社長との出合いは友人片岡との出合いから始まる。
 さらに遡れば久が勤め人のころ、休日ごとに碁会所へ行くのを嫌った妻の存在がある。
 久の気持ちを良く理解出来た妻であったなら久はそれにあまんじて、 この様なものを作ろうと発想しなかったに違いない。
 その様に考えを遡ってゆけば今まで出会った理解者のみならず反対した人も含めてすべての人の力が働いていて、さらに子供の何気ない一言すらも一つの成果を作り上げる上に役に立っているものだとつくづく感じさせられる。 人生にムダな出合いなど一つも無いと思った。
 一つの壁は越えた。これからはひたすらGO-NETの普及に努めるのが久の仕事となった。
 そしてこれからも今までの壁より更に大きな壁と、今までの出合いに勝るとも劣らない素晴らしい出合いがきっと待っているに違いない。
  
                                       完