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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


      5 新しい日々


 今日も鈴本さんにさんざんな目に合わされた久は、そのまま帰る気にもなれず、隣の公園のブランコに揺られていた。
 薄暗くなった公園は子供達の姿はとっくになく、高い椎の木の上にスズメが沢山集まって来て、騒がしく鳴いていた。
 ブランコの揺れに任せて体をいっぱいに後ろにそった。
 「もう春だな」頬に当たる風がどことなく優しい。
 「俺は中ぶらリン」ブランコに揺られながらふと思った。

 「お父ちゃん、何しているの、早く帰ってご飯食べよう」
 背後からの幼い声にハッとして、いっぱいに揺れているブランコを止めようとして、前のめりに体が倒れて地面に手をついた。
 立ち上がると女の子が不思議そうな顔をして立っていた。
 「お父ちゃん、碁負けたの? それでしょげてたの」もうすぐ9才になる次女の純が、帰りが遅いので迎えに来たのだった。純は返事を待つかのようにじっと見つめていた。
 「うん、負けちゃったよ、でも大丈夫だよ」
 「さっ帰ろう、お母ちゃんはどんなしてるの」
 「うん、もうご飯できたって、早く帰って来ないと先に食べちゃうよって」

 二人は手をつないで歩き出した。純は何か言いたげにじっと久の顔を見ながら歩いていた。
 「どうしたの? 何か言いたいことがあるの・・・・」
 「・・・・お父ちゃん碁に負けたんでしょ、だったらコンピュータ使って勉強すればいいじゃない、お父ちゃんはコンピュータ得意なんだから、そうしたらすぐ強くなれるよ」
 「エッー」思いもよらない娘の言葉だった。
 「・・・・うん、うん」
 「コンピュータ使って碁の勉強すればいいんだよね」
 「そうか! お父ちゃんは全然気がつかなかった、純ちゃんはいいことを教えてくれたね」
 「うん」純は安心したように久を見つめてニッコリと笑った。

 全然思いも寄らなかった。娘に言われて久は一挙にイメージがふくらんでいった。
 それまではコンピュータのソフトといえば、(リコーでの経験から)販売管理や会計業務等の事務処理しか思いうかばなかったのだ。
 同じ業務でも会社によって少しずつやり方が違うので、ソフト作成はその都度一から作るしかなかった。
 一つのソフトを量販するというはできなかったのだ。
 その為に、一つの仕事の営業粗利は大きくても、それに対しての時間と人的労力は大きな負担がかかり、中小の企業はその為に仲々ゆとりを持てないのが現状だった。
 「碁のソフトを作ろう」久は心臓の鼓動を感じた。
 イメージが留めようもなくふくらんでいった。

 棋譜登録、これは簡単だ。碁盤と碁石を表示し、それを手順通り記憶させ、再現ができればそれで良い。
 定石、これもそれほどでもない。
 基本定石、百のパターンの途中の変化図を一つの基本に仮に5通りずつつけるとしても、全部で500、登録の後再現ができればそれでよい。
 詰碁、これもやり方次第だった。コンピュータに考えさせることは現在のレベルでは無理だ。問題図と、その解答をあらかじめ記憶させておいて、1手打つたびにその手が正しければコンピュータが記憶している次の1手を表示すればよい。違っていたら「ブーッ」という不快な音を出せばよい。ただしこれは問題図をどうやって作るかという点が課題になる。
 プロに頼んだら高くて割に合わないだろう。古典から持ってくるしかない。しかし古典の詰碁では難しすぎた。
 極めつけは対局ソフトだ。コンピュータが相手してくれればそれにこしたことはない。初心者用、中級者用、上級者用と三段階位、思考ルーチンを作れば、誰でも楽しめる。
 しかも一人で自宅でできる。鈴本さんに打ちのめされることもない。出かけるたびに妻の顔色を窺うこともないのだ。
 久は企画書作りに没頭した。

 パソコンのソフトをオフコン(オフィスコンピュータ)と同じ様に企業ごとに一から作って販売するのは無理がある。
 パソコンのソフトはパッケージ化し、一つ作ったらそれを安価な値段で量販するしかない。
 ハードだけでは秋葉原の量販店には決して勝てない。友人の兄が経営するPJSに入って当時出現して間もないパソコン販売に携わって2年目に久が得た結論だった。
 碁のソフトの企画書を社長に提出した。
 社長の反応は今一つだった。同時にFM8の仕入れ先の大手商社三菱商事の担当課長にも提案した。
 三菱商事の担当課長は、「それは面白い、必要なら資金も出しましょう」という話だった。
 しかし片岡社長は慎重だった。
 もし失敗したら資金提供してくれる三菱商事にも多大な迷惑をかけることになり、PJSの信用がなくなるのだ。
 囲碁を全く知らない片岡社長には決断する根拠に乏しかった。

 久は、わき上がるイメージを押し留めておくことができなかった。
 囲碁ソフト作成の為の仕様書作りに取りかかった。それまで外回りの営業で築いてきた数字はみるみるうちに下っていった。
 当然のことに片岡社長の機嫌は悪くなっていった。
 結論は程なくやってきた。
 囲碁のソフト作成は行わない、パソコンショップは閉鎖する、というものだった。
 「今度もダメか」久は呆然とした。

 リコーを辞めて以来、自分で企画して始めた事業も入れると7度目の失敗だ。これまでの失敗は自分の力の足りなさゆえの失敗だった。そのことは自分でも受け入れられる様になっていた。
 しかし今度のは全く違うと思った。
 全力でパソコン販売に打ちこんで、その実態、今後の方針がはっきり見えてきた時だっただけに、片岡社長の決定は久には絶縁の宣告に等しかった。

 「オレ辞めたいと思っている」久は友人の片岡に話した。
 片岡は絶句した。
 沈黙のまま二人はいつもの喫茶店のいつものテーブルに座り、塗料のはげかかっている窓の外をぼんやりと眺めていた。
 ここ1年半よく二人でこの部屋で仕事のやり方や世間話をしたものだった。
 コーヒーカップに入れた砂糖をかき回す片岡のスプーンを持つ手がかすかにふるえていた。
 「やめてどうするんだ、何やって食ってゆくんだよ、俺たちだってどうすればいいんだよ、ショップを閉めた後の体制もお前の仕事も社長はもう考えているんだよ」
 「・・・・・」
 つとめて冷静さを保つように、こみ上げる感情を押し殺すかのように片岡は言った。
 再び沈黙が続いた。

 「お前は甘いんだよ、夢ばっかり見て食ってゆけるのか、お前の思っていることは今やらなくったって必ずやれる時は来るはずだよ、今は俺たちが頑張って体制を強くしてゆくしかないんだ、夢を実行するのはその後だよ」
 片岡の言うことは正論だと思った。
 久に反論の余地は無かった。
 三たび沈黙が続いた。

 「俺が何を言ってもお前は聞かないだろうな、昔からそうだった」「・・・・・」
 「これからは俺は自分のやりたい事をやる」久はぽつりと言った。
 久はリコーに6年いて29才で辞めてから6年、7つの仕事を転々として、すでに35才になっていた。
 昭和58年の5月だった。


                                つづく