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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


      7 通信対局の発想


 58年の5月から新聞販売店へのパソコンとソフトとのパッケージ販売を始めてから既に2年が過ぎていた。
 事務所も当初は自宅と兼用だったが、9ヶ月目には自宅のマンションの1階がたまたま空いたので、そこを新事務所として営業していた。

 そのころ大阪の友人永峯が社長をやっている会社が分裂してしまった。そこで役員として働いていたシステムエンジニア植木と立松は二人で会社を立ち上げる準備をしていた。
 順調にいっていた永峯は、役員の二人の存在を無視するかの様に、資金を一人で好き勝手に使っていたことが発覚したのだった。
 植木、立松二人ともきわめて優秀な技術者である。
 この二人を失ってしまうのは余りにも損失が大きいと思った久は、早速二人に会い、千葉と大阪と離れてはいるが一緒に会社を立ち上げないかと話を持ちかけた。
 二人は初めのうちは乗り気ではなかった。
 千葉と大阪は離れすぎていること。さらに永峯のこともあり、自分たちだけでやるという方針を決めていた。
 しかし久の再三再四の説得に根負けした形で二人は承諾した。

 共同経営の形を取り、経理はオープンにすること、資金の使い方は独善で行わないことが条件だった。
 年の功で久が社長、出資は250万、植木、立松はそれぞれ125万ずつ併せて500万。それに大阪に若手の西岡と女子社員1名、その時すでに久の下で働いていた女子社員加賀と久の妻の7人で始まることになった。
 会社の名前は久の長女の名前をとってアイ・システムとした。
 60年の9月6日のことだった。

 久は早速二人に囲碁のソフトの話をした。二人とも囲碁は全く理解が無かった為、仲々やりましょうとは言わなかったが積極的に反対もしなかった。
 久は二人にハッキリした承諾を得ないまま、気持ちは準備を進めて行った。
 囲碁ソフトの思考はセールスの移動中にも休止することはなかった。自転車をこぎながら、バイクに乗りながら、車を運転しながら、主に対局ソフトの思考ルーチンはどうしたら良いかそのことに集中していた。
 棋譜登録、定石、詰碁の仕様書は既にできあがっていた。
 後はプログラミングを待つだけだった。

 対局ソフトの思考ルーチンは難しかった。
 人は何を根拠に次の一手を決めるのだろうか、久の最も苦慮した問題だった。
 人は第一感ですぐに打つ場所が決まる。それはなぜだろう、その一手が石の形だから、形の急所だから、又その一手が自然な流れだから、囲碁仲間ではその様な言い方を良く口にする。
 しかし、形の急所といっても、又流れといっても同じ石の配置は一つも無いのだ。
 それなのに人はなぜ形や急所や流れが分かるのだろうか、久は自分の対局を思い起こし、その時その手をそこに打ちたいと思った時の根拠を探り出そうと考えた。
 しかし考えれば、考えるほど益々混迷は深くなるばかりだった。
 一番作りたいと思った対局ソフトの思考ルーチンは、途方もなく難しいということに気がついて、久はまたしても「失敗」の二文字が頭をかすめた。

 絵を描く人に「どうしてそこの線をその様に描くんですか、どうしてそこをそんな色にするんですか」と尋ねたら何と答えるだろうか。
 作曲する人に、「どうしてそこの音を高くするんですか、そこの音をのばすんですか」と尋ねたら何と答えるだろうか。
 きっと答えは「そうすることが美しいから」と答えるに違いないのだ。それ以外に答えがあるのだろうか。
 囲碁もきっとそれと同じ様なものじゃないかと思った。
 人には感性があるから、さらに感情があるから理論ではない、好き嫌い、美しい、美しくない、一瞬の判断が働くのではないかと思った。
 「コンピュータには感性と感情がないから碁は打てない」久の考え抜いた後の結論だった。

 対局ソフトは無理。だとしたらあきらめるしかないのだろうか。
 でももう失敗する訳にはいかないと思っていた。
 対局ソフト作成を主目的として片岡の会社を辞めたのだった。
 詰め碁、定石等のソフトは添え物にしかならないと思っていた。主になるソフトが作れなくてどうすればいいのか、久の心にそういう思いが反芻していた。

 その日も新聞販売店へセールスへ行った帰り、久はいつものようにバイクを走らせていた。
 夏も過ぎ風もほんの少し涼しくなっていた。夕暮れ時、薄暗くなった田舎道は車も少なく少し上り坂になった道の先に信号が赤々と点灯していた。スピードを少し落とした。
 次の瞬間、信号が赤から青に変わった。
 その時、まさにその時、琴線が響いた。
 「そうかー」
 「何で今まで気が付かなかったんだろう」
 分かってしまえば簡単なことだった。
 「石を飛ばせばいいんだ。」
 「コンピュータを使って石を飛ばせばいいんだ」
 コンピュータは無機物だ、ただの道具にすぎない、碁は人と打ってこそ楽しい、相手の意気が感じられるからこそ夢中になれるのだ。

 家庭でコンピュータを使って、通信で遠くにいる人と碁を打つ。碁盤で打つことに比べていいところは何か。
 一、家庭で打てる。ということは夜仕事から帰ってきても打てる。
 二、出かけなくても良い。雨の日や雪の日又夏の暑い日等の自然の条件に左右されずに打てる。
 三、碁会所のタバコの煙に悩まされることがない。
 四、相手の言動に左右されて感情的になることがない。
 五、記録が取れるので打った後、再現して見ることができる。これはだんぜん棋力の向上に役に立つはずだ。
 他にもきっと気がつかないことが沢山あるだろう、これは絶対いけると思った。

 アクセルを握る右手が自然に強くなりバイクのスピードが増した。頬に当たる風が心地よい。バイクのエンジン音が「ヤッター」と叫んでいるように聞こえた。

 人と打つのだからコンピュータの対局ソフトより比べものにならない位面白い。
 当時MSXが出て間もなかった。家庭用として値段も12万〜13万と富士通、NECの業務用に比べたら格段に安かった。
 モニターも専用モニターがなくても、テレビ画面に接続しても使える。
 早速、開発用として通信用に音響カプラーを買って来たが、その日の夕方にソニーのモデムが新発売されたのを知った。音響カプラーはムダになった。
 当時もモデムはあったが、安い物でも30万を超えていた。それでは家庭用としては無理だ。そこで安価な音響カプラを使うことを考えたのだが、信号を音に変換して送信する音響カプラーより信号をそのまま送るモデムがすぐれているに決まっている。
 しかも通信速度が比較にならない程早くて正確だ。

 久は通信対局の仕様書作りを開始した。
 画面を通しての対局であっても実際の碁盤での対局の感触に出来るだけ近づけた方がいいと思った。
 まず、自分は碁盤の手前に座る、相手は向こう側、従って画面で言えば自分は画面の下、相手は画面の上の方に座っている。
 その為に、自分の見ている局面と相手の見ている局面は180度反転している局面を見ているはずだ。
 碁盤は画面いっぱいに大きい方がいい、色もカヤの碁盤、ハマグリの碁石の色に近い方がいい。音も「ビシッー」と実際に近い方が実感が出る。
 その様に一つ一つ組み立てていった。


                                つづく