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  「無名の挑戦者たち」  GO−NET誕生物語   郷たける


      9 発表間近


 久は少し迷っていた。もう少し時間をかけて、取り上げる石の自動消去と地の計算という二つの問題を解決してから発表するのがいいのか、不十分ながらもこれでも碁が打て無い訳ではないので、少しでも早くここで発表した方がいいのか、岐路に立たされた。
 そしてこのとき今まで経験したことのない心境になっていた。
 まだ同じものはどこも発表していない。
 ここまでくればどこよりも早く出したい、出来れば、日本で最初に出した方がいいという心情になっていた。
 発表しても商品として未熟であれば売れるはずがない。しかしもし、ここ数日発表が遅れてその間に他社が先駆けて発表してしまえば、商品価値は半減してしまうのではないか。
 そんな思いに強く支配されてあせる気持ちが日々強くなっていった。
 改良は続けながらも販売は少し先に延ばした方がよいだろう。
 その間二つの問題を解決しよう。
 しかし発表だけは1日も早い方がいい。

 さらにもう一つの問題に気がついた。
 今開発した通信対局は、電話と電話の一対一だ。これには三つの大きな問題があった。
 一つは通信費が安い同じ市内どうしであれば問題ないが、他の市や又遠距離になるほど莫大な通信費になる。市外電話と同じだ。
 もう一つは観戦ができない。一対一の直接的つながりのため第3者が観戦できない。これでは囲碁の楽しみが半減してしまう。
 さらに三つ目は常に相手を自分で求めなければならない為に、ごく親しい友人か又は知り合いになった人に限られる。
 不特定の人と自由に打つという状態にはならないのだ。

 この問題を解決する為には、二人の対局者の間にもう一台コンピュータを介する必要があった。
 碁会所に人が集まるように、全国にいる会員がまず一つのホストコンピュータにつながったあと、複数つないだ人達がそれぞれ一定の対局条件を指定する。
 例えば、棋力の近い人を希望した場合、ホストコンピュータの方で自動的にその条件に合う人同士を結びつけて対局出来る状態にする。そうすれば対局しない人は観戦も出来るのだ。
 しかしこの方式は当時の久の力だけではとうてい不可能だった。
 ―ホストコンピュータ方式にするためには、強力な協力者を求める以外にないー
 ―その為には発表はどこよりも早く一番でなければならないー
 その様な心境が久を強く支配した。

 松戸市の小金原にソニーのサービスセンター東関東ソニーがあった。
 久は手書きの通信対局の説明書を持って、単独そこの所長を訪ねた。
 一階が倉庫、二階が事務所になっている100坪以上もあるかと思われる広い事務所に沢山の机が並んでいるが、ほとんどの人は営業に出かけているのだろう、空席ばかりだった。
 受付のカウンターが事務所の内と外を仕切るように置いてある。
 久はそのカウンターに立ち奥の方にいる一人の男性に声をかけた。
 男はすぐに立ち上がってきた。
 「私は葦原という者で松戸の常磐平で小さなコンピュータのソフト開発を行っています。この度、囲碁の通信対局ソフトを開発しました。このソフトはソニーのMSXを使います。従ってこのMSXの販売を許可して頂きたいと思いまして、所長さんにお願いに来ました」
 男性は少々お待ち下さいと言って簡単なパーティションで囲った応接室に通した。男性は久の名刺を持って奥の方へ消えた。
 所長は会ってくれるだろうか。突然の唐突な訪問にどんな反応をするだろか。少し緊張して待った。

 数分で所長は現れた。細面のすらりと長身の50才前後の紳士だった。久は深々と頭を下げて挨拶した。
 囲碁の通信対局ソフトを開発して、このソフトにソニーのMXSをセットにして販売したいと思っていること、その為にMSXを卸価格で仕入れさせて欲しいという内容のことを伝えた。
 所長は意外にも何の問題もないかの様に、二つ返事で「いいですよ」と言ってくれた。
 ただお宅とは初めての取引ですので、当分は現金取引でお願いしますよ、という条件付きだけだった。
 こんなに簡単に了解してもらえるとは、意外だった。ソニーのような一流の大手とは簡単に取引させてもらえないと思っていたのだ。
 しかし後になってこの考えは間違っていたと気がつかされることになるのだった。

 商取引は、お金を出す立場とお金をもらう立場とがある。
 お金を出す立場になれば、相手はどんなに大物であってもだいたい何とかなるものだ。
 逆にお金をもらう立場に立った場合、たとえそのお金がどんなに少額だろうと、一人の名も無き個人からであろうとも、とてつもなく難しいということを、これから久は思い知らされることになるのだ。
 このようにして仕入れの段取りはついた。

 次は発表の準備にとりかかった。
 かねてより予定していた媒体として日本棋院が発行している週刊囲碁新聞に掲載することにした。
 広告の図案は、専門のデザイナーに頼む余裕などは勿論無い。レンタル写真を使い日頃イメージしていた図案を自己流で描いてみた。
 コンピュータから放たれた石がビルの谷間を飛んでいる、できばえはいいと思った。
 MSXU本体とモデム及び囲碁ソフト一式込みで1セット138,000円に設定した。モニターには家庭用テレビで間に合う。
 さらに相手がいないのを補う為に、1セットよりも2セット3セットと友人同士で複数で買えば割安になるような価格設定をして表示した。
 今のソフトの性能と今後の改良方針を明記した。改良したソフトは無料で交換することも付け加えた。
 同時に開発していた名局鑑賞、定石研究、詰碁のソフト、一人でも楽しめるソフトがセットでついていることも書いた。

 はやる心を抑えながら日本棋院に電話した。
 週刊碁の一面いっぱいに広告を出すには料金はどれ位なのか、発表の何日前に原稿を持ち込めば良いか、その様なことを問い合わせた。
 この時も日本棋院が名も無き小さな会社のソフトを信用して広告を出してくれるだろうかという心配があったが、しかしこれも久はお金を出す立場である、結果はすんなりと受け入れてくれた。
 ただし広告代金は現金で値引き無しの50万ということを言われた。
 しかし一回の広告に50万出して、何セット販売できるだろうかとの不安もなくはなかったのだが。
 当時、週刊碁は公称12万部売れていると言われていたが、12万人が見て全国で何人が買ってくれるだろうかと久は皮算用した。
 全国に47都道府県がある、従って一県に一人、東京大阪等の大都市は2〜3人位は買ってくれるだろう、そうすれば百人はいるに違いない。
 50万円の広告代で百人が買ってくれれば約400万円の販売粗利が出る。久はその様に見込んでいた。

 東京駅の八重洲口を出るとすぐ左手の大きなビルの中程に、日本棋院中央会館がある。
 久は手製の原稿とポケットに50万円を入れて。宣伝広告部の山口部長に会う為に出かけて行った。
 行くと平日にもかかわらず沢山の人が囲碁を打っている。
 かなり広い囲碁サロンになっている。
 受け付けのすぐそばに小さな喫茶室があり、そこに通された。
 すぐに山口は現れた。
 山口は「僕は担当がはずれるので長西次長を紹介するからそちらと話してくれないか」とだけ言ってすぐに引き返していった。

 再びしばらく待った。
 「お待たせしました、長西です」と言って少し浅黒い顔に律儀そうな目をした久と同年配かと思える男が来て言った。
 久は期待と不安とにどきどきしながらも努めて冷静を装いながら事の主旨を説明した。
 その為の原稿はこれです、と紙袋から出して見せると、長西は「これはひどい」と無遠慮に笑いながら言った。
 久は少しムッとした。同時に自分がいかにその様なことに無知であるか思い知らされた様な気がして、恥ずかしくなり赤面した。
 「気持ちは分かりました、これを元に私の方で印刷できるように原稿を作り直しましょう。その料金はサービスしておきますから」長西は笑みを浮かべながら好意的に言ってくれた。
 「そのかわり掲載は1週間ほど遅れますけどいいですね」

 ここに来て1週間は大きかった。
 何とかならないかと思ったが、もし無理言って機嫌を損ねて掲載できないと言われたら元もこもないと思い、ぐっとこらえて「宜しくお願いします」と言って久は深々と頭を下げた。
 ポケットから50万円を出した。「分かりました」長西は50万円を無造作につかむと「領収証を持って来ます」そう言ってさっと立ち去った。  「あとは待つしかない」1週間遅れたことに、その間にもし他社が同一のものを発表すれば、それも運命、それも自分の力の及ばないところだ仕方無い。その時はそんな観念したような気持ちになっていた。


                                つづく